10. 二人の罠
今日もサンドラ様の店はにぎわっているようです。
センスの良いドレスやアクセサリーが並ぶ店内をこっそりと覗きます。
男爵令嬢のサンドラ様は元々ファッションに興味があって自分のお店を持つのが夢だったとか。最近は正式に婚約者となったヘンリック様から資金をもらって仕入れをしているようです。
(という噂をお店の近くにいる他のご令嬢に聞きました)
今日の私は黒髪のかつらをかぶり、眼鏡をかけて変装しています。この変装技術もお母さんから習ったものです。内心バレないかとヒヤヒヤしていますが、サンドラ様は気づいていないようです。店内がほどよくにぎわっているので、私もその中にまぎれてさりげなくサンドラ様に近づきました。
私は晩餐会で濡れ衣を晴らすために、サンドラ様の指輪を盗んでいない証拠を探すことにしたのです。
そのために今日はサンドラ様の店にやって来ました。
お屋敷でハンナさんとリーリアさんには、図書室でお勉強をするので、集中するため一人にしてください、と言って抜け出してきました。数時間ならばれないはずです。
「何かお探しですか?」
「……秋の晩餐会のために髪飾りを探していまして」
「まあ、秋の晩餐会に出席なさるのですね。ではこちらなんていかがかしら」
サンドラ様が、私とは気づかずに話しかけてきました。……気づいてない、ですよね? 私は内心ビクビクしながらも、いつもよりさりげなく声色を低くして話します。お母さんから習った変装のテクニックのおかげでなんとかなりそうです。あれこれと雑談も交えて会話をした後、私はそれとなくサンドラ様を伺いました。
「……あの、不躾ですがデーニッツ男爵令嬢でいらっしゃいますよね? 春の晩餐会では大変な思いをされましたね」
「まあ、ご存じでいらしたのね。ええ、本当に驚きましたの。まさか、人の物を盗むような方が晩餐会に出席しているなんて……」
「そ、そのお相手の方ですが。レーヴライン伯爵令嬢は噂では秋の晩餐会に出席なさるらしいですよ」
「……そうなのですか?」
サンドラ様は青い目を丸くして戸惑っているような表情をします。私なんかよりよっぽど演技がお上手です。
その後、他のお客様が来て、彼女は私から離れて行きました。
「やあ、サンドラ! 今日も繁盛しているようだな」
「ヘンリック、来てくれたのね」
聞き覚えのある声に私は一瞬肩が跳ねてしまいました。
そっと肩越しに振り返ると、ヘンリック様がサンドラ様を抱きしめています。どうやらヘンリック様がお店の様子を見に来たようです。そのまま二人は仲睦まじく店の奥へと入っていきます。私は商品を見るふりをしながらさりげなくその後を追いました。
二人が店のバックヤードに消えたところで、私はそっと風の魔法を使いました。これは風の流れで遠くにいる人の声をこちらまで届けてくれる魔法です。
『ねえヘンリック聞いた? あの女、今度の晩餐会に出席するようなのよ』
『え、アデライトが? 中央騎士団の隊長と婚約したって噂だが本当だったのか。しかし馬鹿な女だ。恥をかきに行くようなものだぞ』
『本当にね。平民出身のくせに私より身分が上なんて生意気だから、泥棒の汚名を着せてあげたのに。さっさと消えてくれないかしら』
サンドラ様の吐き捨てるような声に私は身を固くしました。
晩餐会の招待状を受け取った後、私は春の晩餐会でのことを思い出していました。
あの日、私は城を訪れたとき、通りすがりの令嬢に髪型が乱れていますよと指摘されたのです。そして慌てて化粧室へと向かったのでした。
今思い返すと、あの時私に声をかけてきたのはサンドラ様でした。
王城には防犯のためいたるところに記憶石が設置されています。本来は化粧室もその例外ではありません。それなのに間が悪いことに化粧室の記憶石だけが動作不良で取り外されていたのです。
記憶石がいつ外されたのかはわかりませんが、何か証拠が残っていないか確認したかったのですが……。
やはりあれは、ヘンリック様とサンドラ様が私を陥れるために張った罠だったのです。
『大丈夫だ。どうせ秋の晩餐会に出ても誰もあの女の言うことなんて信じないさ』
『そういえば、あの記憶石はどうしたの?』
『事務棟の備品倉庫の奥に隠してあるから大丈夫だよ。あれは貴重品だから城の外には持ち出せないし、ほとぼりがさめたらこっそり戻しておくさ』
(事務棟の備品倉庫……)
ヘンリック様は王城で文官として働いています。そして、王城の貴重品には結界に反応する魔法が付与されています。記憶石は貴重品でもあるので、王城の外に持ち出そうとすれば城に張ってある結界にひっかかってしまうのでしょう。だから王城の中に隠しておくしかできなかったのかもしれません。
「アディ、少しいいか?」
その日の夜、ユリウス様がやって来ました。
持ち込まれたのは、それは美しいレモンイエローのドレスとアクセサリーです。
「ユリウス様、これは……」
「今度の晩餐会で着るためのドレスとアクセサリーだ」
「そんな、すでにたくさんのドレスをいただいてますのに」
「いいや、これは君のご両親からだ。アクセサリーは俺がそれに合わせて用意したが」
お父様とお義母様が……。
私は驚いて、あらためてドレスを見つめます。
淡いレモンイエローのドレスは、ユリウス様の瞳の色にも少し似ています。幾重にも重ねられたふわりと広がるフリル。肩にはリボンと宝石が飾られています。お父様はあまり女性のドレスなんてわからない、と言っていたからきっとお義母様が選んでくれたのでしょう。
家の足を引っ張るようなことしかできていない私のために、こんな素敵なドレスを用意してくれるなんて。なんだか胸がジワリと熱くなります。
私のことをちゃんとレーヴライン家の娘として扱ってくれているのですね。
「……アディ?」
「いえ、すみません。……嬉しくて。私は、ずっと家には必要ないお荷物だと思っていたので」
実際私は、父が母と浮気してできた私生児です。お義母様や兄姉にとってはおもしろくない存在のはずです。しかも平民出身の私の教育は大変だったはずです。
だから、私はいつも心のどこかで引け目を感じていました。
それなのに……。
ユリウス様の大きな手が私の頭を撫でます。
「君が努力してこの世界に馴染もうとしているのをご両親は見ていたんだろう」
私は胸が痛くなります。
嬉しさと、あと申し訳なさから。
ヘンリック様とサンドラ様の罠にはまって、レーヴライン家まで白い目で見られるようになってしまいました。
だから私は、かならずこの濡れ衣を晴らさなければならないのです。
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