第49話 道化
レグが鯨を消してから、わずかに時は遡る。
巨大な鯨が王城の上で大きな口を開くと、中に光が溜まっていく。
「君はいかなくても良いのかい?」
その王城の中に2人。逃げ出しもせず、隠れもせず、王都を一望できるテラス席でボードゲームに興じている者たちがいた。
「なんでも私が顔を出していては、後輩が育たないよ」
「トップは大変だね」
8×8の盤面で互いの駒を動かすこのゲームは、貴族たちのたしなみのようなものだ。
「そうでも、無いが。しかし、貴公はどうしてそうも、余裕を持っている?」
「うん? 不思議なことを聞くね。いざとなれば君が守ってくれるだろう?」
太った男と、異常なまでに痩せ切った女性。
対照的に移る2人のボードゲームの盤面は、明らかに女性優位だった。
「いやあ、強いね。【勇者】はゲームでも最強なんだな」
「わざと負ける様な、悪手を打っておいて。世辞を言う相手は、考えた方が良いと思うぞ。リチャード・ロッタルト」
「リッチーと呼んでくれ。そっちの方が呼びやすいだろ?」
そういってウインクする太った男。刹那、城の上に浮かんでいた鯨の口から光が放たれるが、凄まじい角度で光線の向きが変わると王都の外れに向かって飛んでいった。
「あれは『被虐体質』かな? 随分と、熱心だったねえ。オドゥ君」
「愚かな夢を追う者には、惹かれるんだ。今も、昔も」
「ありゃ、これじゃあ私の負けだ。最初からやり直そう」
リチャードはそう言って盤面の中央にいた王を回収すると、自分の盤面を作り直す。
「私より詰みを見抜くのが早かったぞ、リチャード」
「リッチーと呼んで欲しいな。たまたまだよ。運ってやつだ」
勇者が自分の駒に手を付けた瞬間、鯨の光が断ち切れた。
「あれはレン君かな?」
自分の駒を並べ直したリチャードは目を細めて遠方を見た。
「だろうな。さっき大慌てで城から抜け出すのを見た」
「【神狩り】が2つも出ているんだ。すぐに終わるだろうね」
「そうだと良いな。次は私の先手だったな」
「うん。そうだね」
【勇者】はそう言って、1つの駒を動かした。
「それで、押しも押されぬ【勇者】さんがこんな私をボードゲームに誘って、どんな用なのかな?」
「リチャード・ロッタルト。貴公のメイドは、2週間前、どこにいた」
「2週間前? 王都か私の領地か、そのどっちかだったと思うよ」
「貴族が暗殺を防ぐために、自らの影武者を、用意しているというのは、ありふれた話だ。だが、メイドの影武者を、用意しているのは、どういうことかな?」
「何の話だい? うちのメイドは双子だよ」
「2週間前、『機骸の魔王』の元に、1人のメイドが訪れた。『カルム公国』、その地下には多くの、金属資源が眠っている。メイドは、魔王にその事実を伝えて、『神』の居場所を、教えた。ちょうど、『ミストルテイン』が王都に、戻ってきた日だ」
淡々と【勇者】が続けていく。だが、その言葉に顔色1つ変えずにリチャードは、駒を進める。考える時間もなく、【勇者】が次の手を打つ。
「ふむ。悪くない手だね」
「それから1週間かかって、『カルム公国』は無くなった。『機骸の魔王』の侵攻によって、な。さらに実験によって土壌も大きく、変わっている。あの地下資源は、取れなくなった」
「うん? それは大変だね。ところで、それは推理かい? それとも脅迫かい?」
「推理だよ。リチャード。あくまで、事実から類推された結果に過ぎない」
「考えすぎだよ。【勇者】殿、よりにもよってどうして私なんだい? 『カルム公国』は北西。私の領地と真反対じゃあないか。それに、私の領地の特産品は果物。『公国』の持っている地下資源が取れなくなったところで、私は何1つとして得しないよ」
伯爵が次の手を打つ。今度は【勇者】が考え込む手番だった。
「北西に領地を持つ大貴族、『メイソン家』は『公国』の消滅を受けて、軍事力を強化。持っていた財産の半分近くを、吐いたらしい。『メイソン家』と言えば、『ロッタルト家』を潰そうと、動いた家だったな」
「もう何十年も前の話だよ。みんな私が復讐者に見えてるのかなぁ」
【勇者】が次の一手を考えている間に、グラスに注がれたワインを口に運ぶ。
「9万人。『機骸の魔王』が、今回だけで殺した数だ。胸が痛まないのか、リチャード。尊い命だぞ」
脅しにも取れる【勇者】の言葉に伯爵はそっとほほ笑んでから、
「10万人。『神』やモンスターに迫害されて、逃げ出した人々。親を亡くした子供たち。私が支援した行き詰った人たちの数だよ」
「数が多ければ、許されるとでも?」
「そんな怖い顔しないでよ。君が、まるで私が犯罪者みたいに扱うから例えとして出しただけさ」
「実を、言うとな。リチャード。私は驚いているんだ。私の推理を突きつけられて、こうも冷静を保っているのは貴公が初めて、だからな」
「心当たりがないものには、驚きようがないってことだよ」
王都の端ではドラゴンゾンビが黒竜に叩き伏せられていた。その衝撃波が王城まで襲い掛かってくる。
「私の推理はこれまで外れたことが無い。これからも、無い。貴公は何をしようとしている?」
「うーん、夢を見てるだけなんだけどなぁ」
「夢?」
【勇者】は伯爵に問いかけるが、彼は全く気にした様子もなく次の一手を打った。
「これは結構良い手じゃないか? どう??」
「……ム」
思ったより会心の一手が飛んで来ており、苦悩する【勇者】。そんな【勇者】の考えを乱すようにリチャードは口を開いた。
「『公国』にはこんな噂があった。曰く、地下に巨大兵器を建造していると」
ちらり、と【勇者】は伯爵の顔を見てから再び盤面に視線を降ろした。
「その巨大兵器は、かつてドワーフたちの住む『ドレン機鋼国』のほとんどを消し飛ばした機械のモンスターをもとにして作られている、なんて噂がね」
「初耳だ」
「『公国』からすれば国家機密さ。喋るような間抜けはいない、はずだった」
「拷問か?」
「男はいつの時代も女の色気には弱いもんだよ」
「はッ」
【勇者】は相当の時間考えこんで、駒を動かす。
「私はね、それを聞いた時【神狩り】の時代が終わったか、なんて思ったよ。機械を神にぶつけるのかとね。けど、違った。『公国』は『王国』にそれをぶつけるつもりだったんだ。こんな狭い領土でいつだって人は争う。でも、今はその時じゃない。そうだろ?」
「だから、『機骸の魔王』を動かしたのか? そのために9万人の人間を殺させたのか?」
「私は何もしてないよ。彼が動いたのさ」
リチャードは飄々とした態度で駒を動かす。
「狸……いや、蛇だな」
「豚でしょ」
「体形の話をしているんじゃないんだが……」
突如、空に浮かんでいた鯨の姿が消えた。まるで幻でも見ていたかのように、消えた。
「おっと? 終わったかな?」
「リチャード。耳を塞いでおけ」
「うん」
風がそっと吹いた。【勇者】が耳を放していいというジェスチャーをしたので、それを従って伯爵は耳から手を放した。
「『公国』を潰し、『王都』を救い、英雄でも気取るか? リチャード」
「まさか。私は英雄って柄じゃあないよ」
ちらり、とリチャードの視線が王都の端に向かう。
その時、【勇者】の頭の中で全てのストーリーがつながった。
「『ミストルテイン』。全てはそのためのおぜん立てか。大したプロデューサーだな」
「こんな中年でも、夢を見たいのさ。虐げられていた者たちの、英雄譚を」
「ならば、せいぜい死なないことだ。下手に手を出すと、いつか死ぬぞ」
「こんなおっさんが1人死んだところで世界は何も変わらないよ」
【勇者】が駒を動かす。
「さて、王手だ。リチャード」
「嘘ぉ!?」




