第39話 孤児院と冒険者!
身の回りのことは全てメイドのフィロがやってくれた。家に帰ったら食事が用意してあるだなんて本当に久しぶりだったし、綺麗に掃除された風呂で汗を流すこともできた。ベッドメイクも完璧で、文句のつけようもないくらいの仕事である。
「なあ、何でこの家こんなに部屋が用意してあんの?」
たった2人の食事、あまりに寂しいので俺がフィロにも食事を取るように勧めたのだ。1人でも美味しかったが、やっぱり1人で食べるのと複数人で食べるのじゃあ美味しさが全然違う。
俺の問いかけに、朝食のパンを手にもったフィロがにこりと笑って応えた。
「英雄、色を好むというではないですか」
「ああー……」
つまりはヤリ部屋ということである。
ということは国自体がそう言うことを推奨しているのだ。
「優秀な力は引き継がなければいけませんからね」
そう言ってバターをパンに塗ってフィロが頬張った。
「なるほどね」
そういって俺はスープに手を付ける。おー、塩っけが強い味だ。
肉体労働者にはたまりませんな。
「レグ様も気に入った方がいらっしゃれば、お構いなくどうぞ」
「……朝っぱらからそう言う話はやめようぜ」
「これは失礼いたしました」
そう言って笑うフィロはいたずらが成功した子供みたいだった。
「なぁ、フィロはメイドが俺たちに無償で提供されるサービスだって言ってたよな?」
「はい。言いましたが」
「給料ってどっから出てんの」
「国からですよ」
「じゃあ公務員ってことか?」
「そういうことです。【神狩り】のメイドは奉仕学校でトップ3に入った人間が就くことの出来る仕事です」
奉仕学校。
王都にはあると聞いていたが、本当にあるのか。
それは冒険者に並んで、中流階級が上流階級まで駆け上がれる数少ない手段である。メイドとして優秀な成績を収め、貴族の寵愛を受けることが出来れば自らの待遇はぐっと良くなる。
冒険者をやるほど命は安くなく、娼婦になるほど生活に困ってはいないが、それでも上を目指したい。裕福な暮らしがしたいと望む人間が入ると聞いている。
だが、学費もそれなりにするらしい。上流階級をサポートするための教養、知識、機転の良さ。それに加えて家事や身の回りの世話などが求められるメイドとは万物に長けた人間でないといけない。
ここにいるフィロも、その学校を少なくともトップ3の中で卒業しているということは相当に優秀な人間と思われる。
そんな人間を俺に付けるな。人材の無駄使いだぞ。
「メイドやっててさ」
俺はロッタルト伯爵領で採れたというフルーツを口に運んだ。国王が好んで食べているというだけあって酸味が程よくきいていて美味しい。
「はい」
「馬鹿な冒険者を相手にするのって辛くない?」
「はて。私は初めての主人がレグ様なので、分かりかねます」
「そっか」
暗に俺が馬鹿じゃないと言っているのか。
朝からとても頭の回る少女だ。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「では食器をおさげいたしますね」
「それ全部食ってからでいいよ」
「お気遣いいただきありがとうございます」
一礼を忘れないフィロ。
なーんか堅苦しいなぁ。
と思ってもメイドとはこういうものだし、これが彼女たちの仕事だ。
「【神狩り】って指令が来るまでは何やっても良いんだよね?」
「公序良俗に反するものでなければ……」
そりゃそーだ。
「どこかお出かけなさいますか?」
「うーん、王都に来た事ってそんなに無いからちょっと見てまわりたいと思って」
俺の機微を感じ取ったのか、フィロはにっこり笑った。
「なるほど。ではご案内いたします」
「頼むよ」
というわけでフィロとのお出かけである。朝食を取り終わるなり2人は街に出た。
「馬車を手配しますか?」
「いや、歩いていこう」
「承知しました」
「疲れたら言ってくれ」
「かしこまりました」
デート、と呼ぶには余りに仕事チックなお出かけである。
「ここは貴族街……そう、名前が付いているわけではありませんがそう呼ばれております」
「貴族しか住んでないからか」
「はい。王都でもっとも治安の良い場所です」
「治安の悪いところに行きたい。どっかに無いか」
「ではこちらに」
少しは嫌がるかと思ったが、フィロはすぐに頷いた。俺たちはそれからしばらく王都の端っこのほうに歩いていた。
しばらく歩いていると、街の様子がどんどん移り変わっていく。高そうな建物から、普通の街にでもあるような一般的なものへと変わっていく。
「ここが、普通の街か」
「はい。王都の人々のほとんどがここに住んでいます」
道の端っこには露店がいくつも並んで、多くの人々が買い物をしていた。
「盛況だな」
「人が多いので」
普通の買い物客に混じって、甲冑を着た男やローブを着た女が歩いている。冒険者かな。
「王都にも冒険者っているのか?」
「はい。他の街と同じく、モンスターを狩って生活なさってますよ」
「へー」
王都はなんか騎士団がガチガチに守っている印象があったが、そうでも無いのだろうか。
「こちらにどうぞ」
さらにそれよりも奥に進んだ場所からすえた臭い、貧民街特有の臭いが漂って来た。
思わず顔をしかめるような臭いだが、俺はそれに懐かしさすら覚える。
「こちらです」
フィロはそう言って薄汚い貧民街の中に入っていく。物が腐ったような臭いの中に酒類の臭いと、甘ったるいドラッグの臭い。
まだ昼前だというのに、どこかから女の嬌声が聞こえてくる。
薄汚く、暗く、惨めな街。だからこそ、俺はここに懐かしさを覚えるのだ。
「怖くないのか」
どんどんと奥に進むフィロに俺はそう声をかけた。
「いざとなればレグ様が守ってくれるでしょう?」
「……そだな」
思ったよりも信頼されているようだ。
俺はそれに安堵を覚えながら、先に進む。
「失礼ながら、レグ様のことはお調べさせていただきました」
「純粋に気になるんだけど、どうやって調べるの?」
「学校にはそう言う所に色々と伝手があるんです。主人に恥をかかせないように、メイドとして派遣されるときには主人のことを全て頭に入れて向かうんです」
「へー。大変だな」
「ですので、これからレグ様が向かおうとしているところも大体は察しがつきます」
「案内、頼むよ」
「お任せください」
道には酔っ払いが吐いた後がそのまま残っている。路地裏にはハエが集っている死体も落ちていた。その中を顔色1つ変えること無く、フィロが進んで行く。
「あそこですよ、レグ様」
「ここも教会か」
こんな貧民街の中にあることが不釣り合いに思えるような形の教会だが、見た目はすっかり薄汚れて汚くなっていた。
そこは、孤児院だ。
「ごめんください」
フィロが真っ先に教会の扉を叩いた。
「誰だ」
中から聞こえてきたのは酒に焼けた女の声。
「冒険者だ」
フィロに変わって俺が答える。
「入んな」
バン! と、音を立てて扉が開かれる。そこに居たのは、まだ20代と思われる若い女性だった。だが、顔色が悪い2日酔いだろうか。一応、教会服に身を包んでいるものの左手にはワインのボトルを持っている。
「へえ、メイドを連れた冒険者とは……どの子をご所望で?」
教会の中に案内されて、俺が通された先にいたのは小さな女児たちだった。ひどく痩せこけ、肌色も悪い。
「おっと、男の子の方がよかったですかい?」
貧民街の孤児院は、そのほとんどが子供の身売り場だ。
「ここに子供は何人いる?」
「へへっ。上から下まで全員あわせて20人ですぜ」
「そうか。……なあ、アンタ。神を信じるか?」
俺の言葉に、シスターは露骨に嫌そうな顔をした。
「何だい旦那。こんな所に来てまで説教しようってか?」
「いや……。そういうわけじゃない」
貧民街にいる人間は余裕がない。余裕がない人間に金を与えても子供たちのためには使わない。それは別に、彼らが悪いわけじゃない。それはどうしようもないことだ。
このシスターに金を渡せば、この子たちの待遇は改善するだろうか?
俺は少しだけ考えて、
「全員、買い取ろう。金は……これだけあれば足りるか?」
そう言って白金貨1枚を見せる。その瞬間、シスターの顔色が変わった。
「へ、へへっ。毎度ありィ!」
「全員起こしてここに連れてきてくれ」
俺がそう言うと、シスターは小走りで別の部屋に向かった。
「レグ様、この子たちをどうするおつもりで?」
「ここにいたって、この子たちには未来がない」
貧民街で育っても、碌な仕事には付けない。不幸の輪からは抜け出せない。
「だから普通の街の孤児院に連れていく。どこか、子供たちを受け入れてくれる場所を知らないか?」
「ふふっ。レグ様ならそう言うと思って、もう調べ上げていますよ」
そう言ってドヤ顔を浮かべるフィロ。
……案外、可愛いところもあるもんだな。
「なにか失礼なことを考えてませんか?」
「んなわけあるか」
どうやら勘も鋭いらしい。




