第17話 ”魔女”と冒険者
「まったく。道理で私の魔法が跳ね返されたわけだ。“因果”の坊やは私の魔法に対する1つの答え、というわけか。なるほど。これは遂に死を覚悟をする日が来たのかも知れないな」
“魔女”はそう言ってニコニコと笑う。
「はっ、死んでも死なねえくせによく言うぜ」
だが俺はマリを抱えて、その言葉を鼻で笑った。
「うん。まあね。それでこんなにたくさん集まって一体全体何が起きるんだい? 新しい魔術のショーでもやってくれるのかい?」
「いやいや。違うよ」
伯爵は“魔女”に向かって足を踏み出した。俺は慌てて『身代わり』を伯爵に貼る。だが、“魔女”は伯爵に向かっては魔法を使わなかった。
「伯爵ッ! あんた死にたいのかッ!!」
「うん? 不思議なことを言うね。“魔女”だって人さ。初対面の人にいきなり攻撃するなんてこと、しないだろう?」
「いや、それをやるから捕まってるんですって……」
俺が呆れていると、“魔女”はその鋭い瞳で伯爵の身体を捉えた。
「へぇ。“因果”の次は“狸”だ。やれやれ、王国も重い腰を上げたな」
「え? “狸”って私のこと? いやあ、それは“狸”に失礼というものだよ。どっちかっていうと、私は自分のことを猪だと思ってるよ。うん。猪だ。熊でも良いね。ははっ。リチャード・ベアー・ロッタルトって良くないかい? 響きが可愛らしい」
「……よく、喋るな」
おおっ!? 伯爵の言葉の連射にちょっと魔女が引いたぞ!!?
「こほん! 初めまして、東の“魔女”殿。私はリチャード・ロッタルト伯爵。人は私のことを親しみを込めてリッチーと呼ぶ。ぜひ君もそう呼んでくれ」
そう言って伯爵は握手を求めたが、“魔女”の手が鎖と手錠で封じられているのを見て手を下げた。
「おっと、これは失礼だったかな?」
「いや、まさかこの私に握手を求める人間が現れようとはな。リッチー、お前は“私”が怖くないのか?」
「昔死んだ父上の方が怖かったさ」
「よく回る口だ。要件は……私の魔法だろう?」
「いやあ。私の周りには話が早い人ばかりで困っちゃうよ。せっかく色々と懐柔の手段を考えていたって言うのに。とりあえず、これをどうぞ」
伯爵はそう言って、懐からフルーツを取り出した。
「私の領地の特産品でね。国王がよく好んで食べられるんだ。君もどうだい?」
「手が使える様になったらいただくよ。そこに置いておいてくれ」
“魔女”が拘束されたままの手の甲を視線でさした。伯爵がそこにフルーツを置こうとした瞬間、俺はもう一度伯爵に向かって『身代わり』を発動。“魔女”と伯爵の距離が近すぎて、魔法がマリまで向かってこない距離。
だから、“魔女”の魔法が伯爵に当たる瞬間……消える。
「く、はッ」
“魔女”は自分の魔法の痛みに唸った。
「……油断も隙もないやつだな」
「前に会った時よりも研ぎ澄まされているな、坊や」
「ああ。大事な仲間が出来たからな」
フェリたちが怪我をしないように、死なないように。俺の警戒能力は『ヴィクトル』に居た時よりも研ぎ澄まされている。
「それで、何が知りたい。リッチー」
“魔女”が飄々とした態度の伯爵を見て、そう聞いた。伯爵は国王からの命令でここに来ている。ということは、国王の……つまり国として魔女から聞きだしたい魔法があるということだ。
王国はどの魔法を聞きだすのだろうか。
魔法に革新をもたらす術式の圧縮法か?
魔法が無限に増え続ける無限術式か?
それとも、常識の埒外。Lv6の戦術級魔法か?
カミラも伯爵を見ている。俺も伯爵を見る。
彼の言葉で、王国の未来が決まるからだ。
伯爵はしばらく考え込んでから、ゆっくりと重たい口を開いた。
「うーん。何でもいっかなぁ」
…………は?
「どういうことだ?」
“魔女”も訳が分からず首を傾げた。
そりゃそうよ。
「私も、国王から頼まれたって言われたんだけど……。ノリみたいなところあるし。だからさ。なんか適当なので良いよ。私は魔法が使えるわけじゃあないからね」
「……ほう。適当な魔法で良いのか」
「うん。なんなら絶対出来ないのでも良いよ。どうせ誰も魔女から魔法を聞けるなんて期待してないからね」
「絶対出来ない魔法でも良いのか?」
「うん」
伯爵はノータイムで頷いた。
その言葉を聞いた“魔女”は、息を浅く吸った。
「なら、『魔力枯渇症候群』の魔術師を連れてこい。そいつだけが使える魔法を教えてやろう」
「なッ! 『魔力枯渇症候群』で魔法使いを目指すやつなぞおるわけないじゃろう!! 馬鹿にするのもいい加減にするのじゃ!!」
魔女の言葉にカミラが怒涛の勢いで反論した。
「そこの男が絶対出来ない魔法でも良いと言ったんじゃあないか」
「人を何だと思っているのじゃ! そんな自殺行為を選択する奴がおるわけないじゃろうっ!!」
カミラが俺の上ですさまじく言いあいをしている中で、俺と伯爵の視線が合う。伯爵は『言っちゃいなよ。YOU』みたいな顔してる。いや、言ってないからわかんないけど伯爵だったら絶対こう言うと思う。
「“魔女”」
「なんだい、坊や」
「『魔力枯渇症候群』の魔法使いを連れてくれば、本当にその魔法を教えてくれるんだな」
「ああ。そうだとも」
“魔女”の顔がにたり、と歪む。
「嘘じゃねえだろうな」
「本当だと言っているだろう。疑り深い坊やだねえ。なんなら、“魔女”の契約書にサインしたって良いんだ」
“魔女”の契約書はサインした者がその契約を履行できなかった場合、相応の罰をもたらすというものだ。それを“魔女”が口にしたということは、そういうことである。
「言ったな。2言はねえだろうな」
「無い」
「マリ」
魔女が言い切った瞬間、俺は抱えている少女の名前を呼んだ。
俺が呼んだ瞬間、マリが手を挙げた。
「……私が、『魔力枯渇症候群』の……魔法使いです」
「はぁ? 何を言っているんだ」
「なら適当な魔法を使って見れば良い。市長、生活魔法を使ってもらって良いですか?」
「別によいが……」
カミラはそう言って、光の球を呼び出した。
暗闇でランプの代わりに使える魔法だ。その光の魔法はふわりと、浮かぶとすさまじい勢いでマリに飲み込まれていく。
「……ッ!? いや、そんなまさか……」
「マジだ。お前なら、分かるだろう」
俺がマリを抱えたまま“魔女”に問いかける。
“魔女”は半信半疑な顔でマリを見る。そして、頭のてっぺんから足のつま先までしっかりと見定めて、笑い始めた。
「くははははッ! いたのか!! 『魔力枯渇症候群』の魔術師がッ!!! これだから世界は素晴らしい! 名乗れ! 魔術師!!」
「……マ、リ……です」
「何故、魔術師を目指した」
「……夢、だったから」
「ふははははは!! 夢だと!? そんなもので自分の命を賭けたのか! くはははっ!! 愚かだ! だが、全くもって素晴らしい!! よろしい。その愚かさに免じて私の魔法を1つ授けよう」
「おおっ! 助かるよ!!」
伯爵が“魔女”に再び握手を求めようとして、辞めた。
「マリ。お前を魔術師から“魔法使い”にしてやろう。“因果”の坊や、その子をこっちに」
「……変なことするんじゃねえぞ」
「気になるなら坊やが側にいれば良いじゃあないか。自由の身ならともかく、拘束されている今なら私の魔法なんて簡単に止められるだろう」
「まあ、そだな」
「悪いが、リッチーとカミラは出ていってくれ。私が教えるのは、この小さな魔法使いだけだ」
「それは構わないが、レグ君はいても良いのかい?」
伯爵が首を傾げて問う。
「“因果”の坊やを残すのは私なりの君たちに対する誠意だ。この街で私を止められるのは坊やだけだろう」
「ん。まあ、そうだね。カミっち。でよっか」
「変なことするんじゃないぞー」
カミラが捨て台詞を吐くと俺の上から降りて、伯爵と一緒に部屋から出ていった。
「『魔力枯渇症候群』じゃないと使えない魔法ってのは何なんだ?」
発作が収まるまで、上手く喋れないマリの代わりに俺が“魔女”に問う。
「絶魔」
「ゼロ?」
「異界の魔法だ。この世界の魔法は魔力を媒体にして、この世に顕現する。そこに用いられる魔力量を増やせばレベルは上昇するし、減らせばレベルは下がる。魔力量を増やすということは純エネルギー量が増えるということで、つまりは魔力の管理が難しくなるということだ。魔法使いとしての力は、つまり正しく扱える魔力量ということになるが……」
“魔女”が饒舌に語りだす。
「待て待て。話が長い、もっと簡単に話してくれ」
「全ての魔法を無効化する魔法だ」
「はッ!?」
「良いじゃあないか。『魔力枯渇症候群』の魔術師よ、これまでどれだけ苦しい思いをしてきた。お前がその夢を叶えるために、どれだけの困難を乗り越えてきた」
“魔女”の問いかけに俺の腕の中にいるマリが口を開く。
「……たく、さん」
「だろうさ。だから、この魔法を使うのにふさわしい。世界中の魔術師たちを驚愕の渦に叩き落としてやろうじゃあないか。見返してやろうじゃあないか」
「……う、ん」
マリは魔女の言葉に、苦しみながら頷いた。
「素晴らしい」
魔女はそっと笑って、
「では、授業を始めよう」
そう、言った。




