第八話 後で食べるためにくすねておいたのじゃ
「それでヒコザ先輩、その娘たちは何なんですか?」
今後の打ち合わせということで、俺たち四人は俺が滞在するためにあてがわれた部屋に来ていた。ところがこの部屋にサナとリツの二人を待たせていたことをうっかり忘れていたのだ。それをユキさんに問いただされているところである。
「いや、だからねユキさん……」
「先輩、そこに正座してからお話しを聞かせて頂けますか?」
「ちょ……アカネさん、何とか言ってよ」
「ご主人さま、まずは正座です」
今回はアカネさんまで味方についてくれないようだ。姫殿下は笑いを堪えきれず、口元に手を当てて俺から目を逸らしていた。ところで姫殿下、少しお胸が成長したように見えるのは気のせいですか?
「あ、あの……」
そこで不安そうに様子を窺っていたサナが、恐る恐るという感じで口を開いた。よかった、彼女なら俺が何もしていないことを証言してくれるだろう。
「どうかしましたか?」
ユキさん、言葉尻に棘が見えるような気がするんだけど。
「コ、コムロ様は大変満足だとおっしゃって下さいました」
「ちょ、な、何を言い出すのかな? 君は」
この二人を救けようと思って言い含めていたのが徒になったようだ。誰かに聞かれたらそう応えるように伝えていたのである。違う、違うんだよ。この人たちには本当のことを言ってほしいんだよ。
「いいから先輩はそこに正座です!」
そう言ってユキさんが指差したのは、当然絨毯など敷かれていない石の床である。こうなってはもう従うより他ないのだ。寒い地方だけに、膝をついただけで全身を貫くような痛みすら感じられる。俺は仕方なしにサナとリツから聞いた話をかいつまんで説明した。
「それではこの娘たちはヒコザを満足させられなければスノーウルフの餌にされるということじゃな?」
「そうです。だから俺は二人にそう言えと言っておいただけで……」
「本当に何もしてないんですね?」
姫殿下の問いの続きをユキさんが引き取った。ユキさん、お願いだから信じてよ。
「そなたら、ヒコザの言葉はまことか?」
「あ……あの……」
「この人はこう見えて隣のオオクボ王国のお姫様だよ。味方だから心配しなくていい」
「お、お姫様?」
二人は真っ青になって床にひれ伏す。身分で言えば天と地ほどの差があるから仕方ないかも知れない。
「どうか、どうかご無礼をお許し下さい!」
「よいよい。気にせず座れ。それよりヒコザの言ったことは嘘ではないのだな?」
「は、はい! コムロ様は私たちに指一本触れていらっしゃいません」
「そうか。時にヒコザ、こう見えてとは何じゃ、こう見えてとは」
「あ、あはは、そんなこと言いましたっけ?」
「そなたは今しばらくそのままそこに正座しておれ」
「ひ、姫殿下……」
俺の情けない表情と声に、今度はユキさんとアカネさんがクスクスと笑い出した。そんな時、双子のお腹から空腹を知らせる可愛らしい音が鳴る。そこでまた二人は真っ青になって土下座してしまった。
「も、申し訳ございません!」
「何じゃ、腹が減っておるのか? ならばこれを食するがよい」
言いながら姫殿下が懐から取り出したのは二つのパンだった。それと共に成長したように思えたお胸がしぼんでしまったようである。なるほど、パンを隠し持っていたから大きくなったように見えたのか。
「って姫殿下、どうしてそんなところにパンなどを?」
「あのような宴では妾は来賓の相手でほとんど食事をする暇がないからの。後で食べるためにくすねておいたのじゃ」
「くすねてって……」
それ、一国のお姫様がすることじゃないですよ。
「で、でもそれはお姫様の……」
「よい。聞いた限りではまともに食事も与えてもらえなかったのであろう。今はこんなものしかないが、腹の足しくらいにはなるじゃろうて」
そう言うと姫殿下は、未だ土下座したままの姉妹の手を取ってそれぞれにパンを手渡した。
「も、もったいない……もったいないです。お姫様」
「いいから早く食べてしまえ。それより本題に入るぞ」
夢中でパンを食べ始めた二人の少女を尻目に、俺たちは三日後に控えた戴冠式について話し合うこととなった。ところで姫殿下、俺はいつまで正座していなければならないのでしょうか。




