第六話 もしや殿下は私と間違えられて……
赤というのはタケダのイメージカラーのようなものなのだろうか。歓待の宴が催される城内は、実戦用ではなく煌びやかな装飾が施された鎧を纏った兵士たちが美しい隊列を組んでいる。その飾りがどれも赤を基調としたものなのだ。
「あの、殿下と並んで登場というわけではないのですか?」
俺の周りもご多分に漏れず、飾り鎧の兵士が数人で囲んでいるような感じだ。どうやら護衛も兼ねているらしいが、隙間だらけでいざという時に役に立ってくれるかというと甚だ疑問である。そんな中、先導するマサツグさんが俺の疑問に応えてくれた。
「その予定だったのだがな。どうせなら殿下には賓客の中に潜んで頂き、そなたの口上の後で現れてもらうという趣向に切り替えた。その方が盛り上がるだろう?」
「はぁ……」
確かに皆は驚くだろうが、それって必要な余興なのだろうか。俺が王子殿下に瓜二つだという時点で客たちを驚かせるには十分だと思うのだが。それに俺は本来招待された側なのであって、持て成すより持て成される方なのではないかとも思う。
あともう一つ気がかりなのは姫殿下とユキさん、アカネさんのことだ。おそらくは来賓の中に混じっているのだろうが、会場を見回しても今のところ姿が見当たらない。
ユキさんもアカネさんも忍者相手に互角かそれ以上に渡り合えるほどの剣術を心得ているので、万が一にも命の危険に晒されるようなことはないだろう。それでも姫殿下も含めて全員が女の子なのだ。不測の事態が起こらないとも限らないので、俺は気が気ではなかった。早く三人の無事な姿を確かめたいものだ。
そんなことを考えているうちに俺は用意されたステージの中央に着いていた。護衛の兵士さんたちは俺が定位置につくと後ろに下がる。それと同時に招待客が一斉に拍手を始めた。中には王子殿下の名を呼ぶ黄色い声も聞こえてくる。
ところがそこで俺は目を疑ってしまった。ステージから距離にして十メートルほどのところだろうか、俺の着ていた服を纏った王子殿下が客と同様に拍手していたのである。それも俺に満面の笑みを浮かべながら。
「殿下、お言葉を」
呆気にとられている俺に構わず、護衛の一人が背後から声をかけてきた。予定通り俺にあの台詞を言えということか。ここまできたら仕方ない。とにかくやれるだけのことはやっておこう。少なくとも役目さえ果たしておけば、姫殿下に恥をかかせることはないはずだ。
何を考えているのか分からない王子殿下は、相変わらずこちらに笑みを向けたままである。絶対に後で姫殿下に抗議してもらおう。そう思いながら俺が台詞の書かれた紙を懐から出し、それに目を落とした時だった。来賓の中から空気をも切り裂くような悲鳴が上がったのである。驚いて顔を上げると、ちょうど王子殿下がいた辺りを中心として円状の人垣が出来ていた。
「殿下!」
大声を張り上げながらマサツグさんが舞台袖から飛び出し、人垣の中心へと駆け寄る。そのあまりの勢いに、周囲の来賓たちがハッと息を呑むのが分かった。人垣の真ん中、そこには首に矢を受けたホンモノの王子殿下が倒れていたのである。
「オオノ・ショウゴロウである! ただちに城を封鎖せよ! ネズミ一匹外に出してはならん!」
俺を護っていたはずの護衛兵たちもいつの間にかいなくなって、俺はステージに一人佇むしかなかった。てか俺、めちゃくちゃ危ないんじゃないか。王子殿下が討たれたということは、瓜二つの俺だって狙われる可能性がある。それなのにほったらかしなんて、酷い扱いを受けたものだ。
「先輩! 早くこちらへ!」
「ご主人さま! さあ、早く!」
ところがそこへユキさんとアカネさんが、姫殿下を挟むようにして駆け寄ってきた。二人はすでに刀を抜いて臨戦態勢を整えている。それを見て俺は迷わずステージから飛び降り三人の許に走った。
「三人とも、ご無事でしたか」
「ヒコザ、そなた怪我はないか?」
「ありがとうございます姫殿下、私はこの通り無事ですが……」
「うむ。イチノジョウ殿は助からんだろう。鏃には毒も塗られていたらしいしの」
「毒……」
「傷口が黒くなっていたから間違いないじゃろう。必殺ということじゃな」
「でも何故壇上の私ではなく会場にいた殿下が狙われたのでしょう? もしや殿下は私と間違えられて……」
「いや、それはないと思うぞ。もしそなたを殺すつもりなら宴でなくともいくらでも機会はあったはずじゃ。敵は明らかにイチノジョウ殿を狙ったということじゃ」
「ではもしかして……」
「オダの手の者と考えるのが妥当じゃろうな」
とにかくとんでもないことになったのは言うまでもない。間もなく戴冠式を控えた次期国王となる王子が、何者かによって暗殺されてしまったのである。タケダの第一王子は既にこの世におらず、第三王子も跡目争いに負けて死んだと聞いた。そして目の前での惨劇である。こうなるとタケダを継ぐのは誰になるのか。
「そんなことよりアヤカ様、ヒコザ先輩も。この場にいては危険です。どこか安全なところに避難しましょう」
横からユキさんに言われて、俺たちはひとまずその場を離れることにした。とは言っても封鎖されたこの城から外に出ることは出来ない。仕方なしに壁を背に移動し、どうにか会場の隅に居場所を確保して事の成り行きを見守るしかなかった。




