第三話 次はあなたの国ですよ
「それで、妾に込み入った話とは何じゃな?」
「実は私の戴冠式を早めようと思いましてね」
「ほう?」
タケダ・イチノジョウは玉座の奥にある隠し部屋にアヤカ姫を招き入れ、扉の脇にツチヤ・マサツグを立たせて口元に薄笑いを浮かべていた。対する姫はまるで興味なさげに虚空を見上げている。一目会った時から彼女の胸中では、目の前の王子への信頼が皆無となっていた。それは死者に対する冒涜、国王ハルノブへの哀悼の想いがそうさせていたのかも知れない。
「姫もお気づきになられたと思いますが、すでに父王はただの骸と化しています。今は魔法でその姿を保ってはおりますが、中はほぼ腐っていましてね。そろそろ匂いも誤魔化せなくなってきているのですよ」
「それで戴冠式を早めざるを得ないというわけじゃな?」
「本当なら貴国に遣いを出してお伝えするところなのですが、元々オオクボ陛下は戴冠式には来られず、代わりにどなたかを遣わされるとのことでした」
「なるほど、そこへのこのこと妾がやってきたというわけか」
「のこのこなどと……」
両手を上に向けておどけた仕草で、イチノジョウは言葉に軽い笑いを含んだ。アヤカはそれを無視して話を続ける。
「それで、いつにするつもりなのじゃ?」
「三日後」
「み、三日後じゃと?」
事態のあまりの急転に、ポーカーフェイスを決め込んでいた彼女も驚きの声を上げていた。戴冠式とは本来、周辺諸国や国民への告知も含めて準備に数ヶ月を要する一大祭事のようなものである。もちろんタケダの代替わりはすでに予定されていたので昨日今日に決まったことではない。それでも三日後というのは常識的に考えてあり得ないことだった。
「そこまで急がねばならない理由は何じゃ?」
「オダですよ。国境を封鎖して父王の死を覚らせないようにしておりましたが、先日キノシタの間者に入り込まれました」
「妾は他国の情勢に疎いのでな。そのキノシタなる人物のことはよく知らぬ」
「皇帝が猛将ならキノシタは知将、しかも配下には一国を治めるに足る精鋭がゴロゴロいます。一説によると皇帝の妹を嫁に加え、公爵位を得たとか」
「いずれはオダを継ぐかも知れぬということか」
「皇帝は使えぬとあらば肉親でも平気で手に掛ける恐ろしい男ですからね。世襲より実力を重んじることを考えれば、それも充分に可能性があるということです」
「しかしそれが戴冠式を早めることと何の関わりがあるのじゃ?」
「国境封鎖の理由に掲げた疫病の蔓延が嘘だったと露見すれば、次にオダが求めるのは国王による説明。しかも向こうは父王の死を覚った上でやってきます。あとはそれを確たるものとするのみ。おそらくは件のキノシタ辺りが出張ってくるでしょう。その前に何としても戴冠の儀を済ませる必要があるのですよ」
「戴冠式を終えればそちが国王として対峙し、ハルノブ陛下には会わせずとも済むということか」
「正直に言って父王亡き今、オダに攻め込まれれば我が国は一溜まりもありません。そして国境封鎖は戦争を仕掛けたも同意。相手がそこを突いてくるのは間違いないと思われます。オダに反旗を翻す分子として、皇帝にとってはこの国に攻め込む大義が出来るというわけです」
アヤカはイチノジョウの考えがどうしても浅はかに思えてならなかった。たとえ無事に戴冠式を済ませたとしても、国境を封鎖した事実がなくなるわけではない。確かに彼が王位を継げばハルノブ国王の死を確定付けることは避けられるかも知れない。しかしそれで戦争の脅威から逃れられるとは到底思えなかったのである。
「して、そちが王位を継いだとして、オダには何と説明するつもりなのじゃ?」
「国境を封鎖したのは父王の命によるもの。しかしその父王は高齢で乱心した上での所業とし、直ちに封鎖を解くと」
「そこまで陛下を貶めるのか!」
「我が国と国民を護る策としては致し方ないものかと。そして国王の命は国王でなければ解くことが出来ませんので、急ぎ王位継承を済ませたとすれば道理も立ちましょう」
「そのようにうまく運ぶかの」
「姫、我が国がオダに落ちれば次はあなたの国ですよ」
だから協力しろということなのだ。イチノジョウの言う通り、タケダがオダに渡れば確かに次の標的はオオクボ王国となろう。戦争を回避出来るものならばそれに越したことはない。しかしアヤカは、事がそれだけで収まるとは思えなかったのだ。
「是非もなし、か」
「ご理解頂けたようで何よりです」
「時にイチノジョウ殿、先ほどそちはヒコザに余興に付き合えと申しておったが、何をさせるつもりなのじゃ?」
「ああ、そのことですか」
アヤカを納得させられたと踏んだイチノジョウは、殊更愉しそうに笑みを浮かべている。
「間もなく分かりますよ」
そう言うと彼はマサツグに目配せし、扉を開けさせてアヤカに退室を促した。




