第七話 万が一の時は君が殿下の盾となれよ
タケダ王国に向けての出発は明後日の早朝ということになった。急な話だがあちらは今日にでもすぐに、ということだったらしい。それを色々と準備があるからと陛下が日程を調整して下さったのだそうだ。まあ、準備が必要なのは俺ではなく姫殿下の方なんだろうけど。
「ところでコムロ君、もう一人連れていってやってくれないか?」
王城を出たところですぐ、タノクラ閣下が俺に言った言葉がこれだ。
「もう一人ですか? 誰をです?」
「アカネだよ。君の第二夫人だ」
「アカネさん? 何でまた……?」
「今回は王女殿下がご同行される。ところが表向きの護衛役としては娘のユキ一人だ。君は剣術はからきしだからな」
わざわざ表向きの、と言うからにはお祭りの時と同じように一般人を装った護衛も付くということなのだろう。当然と言えば当然である。
「め、面目ありません」
「アカネの剣の腕は知っておろう? 本当はスズネも同行させたいところなのだが、あれはタケダの地には入れぬのでな」
カシワバラさんは二度とタケダ王国に足を踏み入れないということで、この国に住むことを許された経緯がある。彼女がいれば心強いことこの上なしだが、決まりである以上は致し方ないだろう。
それにしても閣下からのこの申し出はまさに渡りに船というべきだよね。加えて俺が提案したというわけではないので、ユキさんから理不尽な嫉妬も受けずに済むのだから一石二鳥だ。もっともユキさんはアカネさんに対してだけは意外に寛容なんだけど。
「分かりました。アカネさんさえよければご一緒しましょう」
「あれは断らんよ」
「アヤカ様とヒコザ先輩は私とアカネさんでしっかり護りますから」
年下の、それも女の子に護りますと宣言されるのは男として何とも情けない限りだが、二人の剣の腕からすると返す言葉もない。俺は剣術はおろか武芸は全くやってきてないんだから。
「ところでどこに向かってるんですか? 閣下のお城とは方向が違うようですが」
王城を出た馬車は、途中から来た道と微妙に違う道を進んでいた。景色はあまり変化がないが、タノクラ城が見える方角から少しずれた方に向かっているのだ。どこかに寄り道でもするのだろうか。
「タケダ王国に入るためには通行手形が必要になるのだよ」
「通行手形ですか……そう言えば私は持っておりませんが……」
「だからそれを取りに行くのだ。君の住むヒガ村の村長とはよく知った仲だからな。すぐに作ってくれるだろう」
稀に地主と村長が別々という村があるが、ヒガ村はワタラベ・ナオエモンという気のよさそうな初老の紳士が地主であり村長も務めている。丸い顔の上にちょっとお腹も出ていて、全体的にふくよかな感じだからきっと大金持ちに違いない。住んでいるのも家、というより御殿って言った方がピンとくるしね。正確には分からないが数千坪の土地に、建坪だけでどう見ても五百坪はあるだろう建物が構えているのだ。大金持ちじゃなきゃあんなところには住めないと思うよ。
そして閣下の言葉通り、村長宅に入ってから一時間もかからずに俺の通行手形が作られた。コムロ家が代々オーガライトの山を守ってきた信用も大きかったと思う。面倒な手続きはかなり省略されたようだ。俺は受け取った手形を懐にしまうと、閣下とユキさんと共に村長宅を後にした。
「持ち物は何を用意すればよろしいのでしょう?」
「当座の着替えと陛下から賜った刀くらいでよかろう」
「それだけでよろしいのですか?」
「路銀は陛下から充分に渡されているからな。それに君は国賓と言ってもいい立場だから土産代もいらん。帰りには持ちきれないほどの土産を持たされると思うぞ」
国から招待されるってそういうことなのか。
「それからな、王女殿下がご同行されることは国内では公になっていない。従って護衛は文字通りユキとアカネだけだ。他に警備は付かないし殿下も同じ馬車にご同乗なされる。万が一の時は君が殿下の盾となれよ」
「そ、そんな、盾になれだなんて……」
「心配せずとも国境を越えればタケダの騎馬隊が護衛に付いてくれる。何と言っても向こうは王女殿下の来訪を知っているからな。おそらく五十や百の騎馬隊に護られることになるだろう」
「それはまた仰々しいですね」
「招いた本人より向こうにとっては重要人物だからな。さ、着いたぞ」
いざとなったら俺は捨て置かれるということか。何だかそれも理不尽のような気がするよ。とは言え平民上がりの準貴族でしかないこの俺と、一国の姫君とでは重要度が桁違いなのは仕方がないということか。
閣下の声で馬車の扉を開けた俺は、目の前に見慣れた光景が広がっていたことに驚いた。そう、そこは紛れもない我が家、コムロ家の前だったからである。




