第一話 ユキさんに会いたくて
「陛下、これは……」
俺が王城の謁見の間で見られて言葉を失ったもの、それは全く予想だにしない物だった。
「凧……でございますか?」
以前オオクボ国王の前で披露した凧揚げ、あれからそこそこ日数は経ったものの、まさかこんなに大きな物を仕上げてくるとは思わなかったよ。長辺が約三メートル、短辺が約二メートルほどの長方形である。
「そうだ、なかなか大きいだろう?」
「驚きました。ですがこれを揚げるとなると人の力だけでは難しいのではないでしょうか」
「うむ、そちがそんなことを言っていたからな。これは二頭立ての馬車で引くのだ」
そうか、馬で引くということであればこのくらいの大きさでも、凧だけなら揚げるのも容易だろう。
「それでも人を載せてとなると……」
「いや、人は載せんよ」
「え? でもその足場みたいなものは……?」
凧の底辺には足場というか、箱のようなものが取り付けられていた。俺はその用途が分からずに足場と言ったが、よくよく見ると人が足をかけて乗るには些か心許ない強度に見える。
「それは足場ではない。これを入れるのだよ」
陛下の合図でガモウさんが俺に見せたもの、それは俺がこの世界に生まれてから飽きるほど目にしてきたオーガライトだった。
「これを……?」
「そちも西のオダの脅威は耳にしておろう?」
「あ、はい、噂程度のものですが……」
「実はそれが噂と呼べるような生易しい話ではなくなってきたということなのだ」
「まさか! オダが攻めてくるとおっしゃるのですか?」
「無論、今すぐではない。我が国とオダの間には強大なタケダ王国があるからな。しかしそのタケダが……」
「陛下、それ以上は」
オオクボ王が何か重大なことを言いかけたようで、ガモウさんが陛下の言葉を遮った。もしやタケダがオダの手に落ちたとか、そういうことではないよね。
「そうだな、国同士の話はよいだろう。それよりこの使い途だが、そちには分かるか?」
凧の底辺の箱にオーガライトを詰めて飛ばす、ということなら俺には運搬くらいしか思い浮かばない。しかしそれは恐ろしく非効率的で、わざわざ二頭立ての馬で引いて凧を揚げるくらいなら、最初から二頭立ての荷馬車で運んだ方が量も運べるし人手も少なくて済む。そんなことを考えて俺が無言でいると、ガモウさんが口を開いた。
「君はオウメ村の惨劇を知っているか?」
「オウメ村……確か一瞬にして燃え上がって、村の外にいた村人以外は全員亡くなったという、あの事件ですか?」
「実はあの事件だが……」
「大量のオーガライトの燃えかすが残っていたとか……まさか!」
「そうだ、オダが攻めてきたらこの凧で陣にオーガライトを降らせ、火矢を放って殲滅するという作戦だ」
それは一種の空爆みたいなものだと言える。凧が揚がっただけで大騒ぎになるこの世界のことだ、空からの攻撃なんて思いもよらないだろう。
「ですがガモウ伯爵閣下、凧は風によって動きが左右されるので、そう思い通りに敵陣の真上に誘導出来るとは思えないのですが」
「我が国の魔法使いは風も操れるのだよ」
俺の疑問に答えてくれたのは陛下だった。風が自由になるとなれば、凧はこの上なく強力な空爆兵器に変わってしまうということだ。カスケのおもちゃにと何の気なしに作ってやったものが、大変なものに化けてしまったよ。これが実際に使われて多くの人の命を奪うようなことになれば、果たして俺は正常な精神状態を保てるのだろうか。
だが一方ではこの国の人たちをオダの魔の手から救うことが出来るかも知れない、という見方もある。凧でオダ国に攻め込んで市民を巻き添えにするというわけではなく、あくまで攻めてきた敵兵をやっつけるために使うのなら、それは国を守ったということに繋がるのではないだろうか。
「難しい顔をしておるな」
「陛下はこれを侵略のためにお使いになるということは……」
「案ずるな、あくまで攻めてきた敵兵を蹴散らすのみだ」
俺の心情を察してか、陛下の言葉はこれまでになく優しく感じられた。
それから俺はユキさんに会いたくて、王城から直接タノクラ男爵のお城に向かった。




