第十九話 タケダ王国の陰謀 5
「コムロ・ヒコザよ、待っておったぞ」
王城の謁見の間に通された俺は、ただただ戸惑うばかりだった。今日はユキさんとタノクラ男爵閣下の付き添いはない。朝学校に行く準備をしていたら、いきなり王城から迎えの馬車が来てここに連れてこられたというわけである。内々にということらしく、学校にも病欠で届けろとのことだった。
「こ、こきゅ……国王陛下にお、おきゃれまし……」
「挨拶はよい。それより見てもらいたい物があるのだ」
「私に、でございますか?」
俺の噛み噛みの挨拶に側近のガモウさんは笑いを堪えているようだったが、陛下は至って真面目な口調だった。ここにユキさんがいたら絶対に笑われるところだったよ。でも王城に一人でいるくらいなら笑われる方がよっぽどマシなんだけどね。それにしても平民、じゃなかった、準貴族の俺に陛下が見せたい物とは何だろう。
「うむ、だがその前に一つ誓いを立ててもらおうか」
「誓い……?」
「そうだ、これから見せる物はたとえ家族であっても、タノクラ家の者であっても話してはならぬぞ」
「かしこまりました。死んでも話しません」
「まあ、死んだら話せんだろうがな。だがその心意気はよしだ」
「あの、陛下……」
「どうした、遠慮はいらんぞ、申してみよ」
「私がそれを見ないという選択肢は……」
見せられる物がとんでもない物で、俺の手に余るくらいなら最初から見ない方がいいんじゃないかと思う。だがそんな願いも虚しく、陛下ではなくガモウさんが首を縦に振らなかった。
「君に見てもらいたいというのは陛下のご希望なのだ。まあ君には馴染みの深い物だからそれほど恐れることもあるまい」
俺に馴染みの深い物か。いったい何だろう。するとまるでタイミングを見計らっていたかとでもいうように、謁見の間の扉の向こう側から声が聞こえた。
「国王陛下に申し上げます。ご命令の品、ただ今ここに運んで参りました」
「構わん、入れ」
陛下の代わりにガモウさんがそう応えると、観音開きの扉が開き、衛兵のような四人の男の人たちが何やら大きく平べったい物を持って中に入ってきた。長方形の四隅を四人それぞれで支えているという感じである。
「陛下、これは……」
俺はその運ばれてきた物を見て、思わず呟いた後に言葉を失ってしまった。
ところ変わってここはタケダ王国領とオダ帝国領との境にあるエンザンと呼ばれるオダの領地である。それほど高くはない山の頂に城が建てられ、わずか数百メートルの先には天然の温泉が豊富に湧き出る名所がある。この地はオダ家の猛将として名高いシバタ・ゴンロク伯爵によって治められていた。
「密偵の悉くが戻らぬか」
「申し訳ございません。タケダの守りが堅く……」
「よい、だがこれで御屋形様の予想が現実となりそうだな」
ゴンロクの言葉に留守居伯のサクマ・カツユキは、抑揚のない口調で謝罪を述べた。単に事実を報告したに過ぎないが、主の手前なので一応謝罪を口にしたという体である。
ちなみにオダ家当主オダ・サブロウは自ら皇帝を名乗っていたが、古くから仕える家臣たちは未だに彼を陛下ではなく御屋形様と呼ぶ。サブロウはその荒々しい気性から普段屋形、つまり城から動かないということはほとんどなかったが、この呼び方は当主への畏れというよりもむしろ恐れの表れといった方が正しいだろう。
「ではここで一気にタケダを?」
「いや、我らがタケダを攻めればオオクボが黙ってはいまい。必ず助勢に出てくるはずだ。オオクボへ送った密偵からの報告はまだか?」
「はい、あの城には多くの魔法使いがおります故、迂闊には近づけないとのことでございました。それと気になる報告が一点……」
「気になる報告? 申してみよ」
「二頭引きの馬車を大量に造らせているとか」
「馬車? それのどこが気になるというのだ?」
「はい、それが人や荷を運ぶためのものとは言い難く、前後で背を合わせて二座だけが取り付けられ、幌もなくただ速く走るためだけに造られているようだと」
「新たに馬を使った競技か何かを思いついただけではないのか?」
「私もそう考えたのですが、それにしては数が多すぎるとのことでございました」
「なるほど、確かに妙ではあるな。その馬車に剣や槍の類はなかったのか?」
「はい、報告では武器らしいものは一つもなかったと伝えてきておりました」
「ならば取り越し苦労であろう。だが油断は出来ぬな。何かあればすぐに知らせるようにと言っておけ」
「御意に」
ゴンロクは後に自分の考えが浅はかだったと思い知らされることになるが、今の彼の頭の中にはいかにオオクボを抑えながらタケダを攻め落とすか、ということしかなかった。オオクボ王国より東に強国はなく、豊かな作物を産出する国々は皆オオクボの庇護下にあると言っても過言ではない。つまりタケダを落とし、オオクボを落とせばオダ家による事実上の全国制覇が成し遂げられるということなのだ。これはオダ家とそれに連なる者たちの宿願であり、その仕上げにつながるタケダとオオクボの攻略はシバタ家に科せられた身命を賭すべき使命でもあった。
「今こそ、御屋形様に忠義を示す時ぞ」
ゴンロクは小さな声で呟き、一際力強く拳を握りしめるのだった。




