第十五話 タケダ王国の陰謀 1
「父上が兄上に差し向けた刺客が帰っていっただと? どういうことだ?」
「分かりません。ただササ殿下が陛下に放った刺客はその者に倒されたようです」
イチノジョウは城の玉座の間でオオノ・ショウゴロウからの報告を受けて黙りこんでしまった。父であるタケダ・ハルノブと兄であるトラノスケが双方に刺客を放ったと聞いたのも束の間、状況が一変したのである。
当初の目論見では、父が勝てば現状維持でよかった。そうすればいずれは自分が王位を継ぐことになるからである。焦って父を敵に回すより、従っていた方が国王崩御の際に難なく後を継げるということだ。
では兄が勝ったらどうなるかというと、その場合は王を殺した謀反者として兄を成敗する大義名分が生まれる。そうなれば現在の父の側近たちもこちらに付いてくれるだろう。つまり労せずして優秀な家臣と強力な軍を手に入れることが叶うというわけだ。兄に勝ち目はない。
さらに万が一父と兄が共倒れになれば、この国は必然的に自分が治めることになる。国民の前でそう宣言するだけで済む話だ。
ところが互いに戦わず決着が付かない結果となれば話は変わってくる。父の刺客が兄のそれを倒したのだから双方に協定が結ばれたとは考えにくいが、そうと決めつけるのは早計だ。二人が共闘してこちらを攻めようと考えるなら、自分を油断させるために魔法使いの一人や二人を失うなど取るに足らない犠牲だからである。
だがイチノジョウにはもう一つ、どうしても気になって仕方がないことがあった。
「ショウゴロウ、王城の様子はどうなっている?」
「はあ、それが……」
「どうした、有り体に申せ」
「は、申し訳ございません。密偵からの報告がことごとく途切れておりまして……」
「どういうことだ?」
「捕らえられたか懐柔されたか……」
「何だと!」
「全員から何の報告も届きませんので、おそらくはすでに殺されているのではないかと……」
王城に放った間者が父に気づかれないがずはないとは考えていた。しかしある程度目をつぶるのは、言わば暗黙の了解のようなものだ。だからこちらも警戒するだけで、差し向けられた間者を無闇に捕らえて殺すようなことはしていない。
「子狸どもの動きは?」
子狸とは、その父方からこちらに潜り込んでいる間者のことである。
「それが、全て姿をくらましております」
「一人もいないと申すか?」
「仰せの通りです」
イチノジョウは再び深い思慮に入った。父が兄と共にこちらに攻め込む準備を始めるなら、こちらからの間者を始末することは分かるが、こちらに送った間者まで引く必要性はないはずだ。
むろん間者たちがどこかに隠れて機を窺っている可能性は否定出来ない。しかし少なくとも城内では誰にも気づかれずに姿を隠すことなど不可能だ。そうなるとやはり考えられることは一つ、それもかなり高い確率でということになる。
「ショウゴロウ、軍議だ。至急召集せよ!」
「軍議、でございますか?」
「小半刻だ、急げ!」
小半刻とは約三十分である。
「御意」
イチノジョウは玉座の間を去るショウゴロウの背中を見送った後、玉座から立ち上がり静かに目を閉じた。しばらくしてその目から一筋の涙がこぼれ落ちたが、見ている者は誰もいなかった。




