第十一話 お金じゃ買えない価値がある
ヤヨイーテ、つまり三月も三分の一が過ぎたある日、俺は久しぶりにユキさんと二人で城下の市場に来ていた。
俺たちの通う学校はヤヨイーテに入ると一週間ほどで春休校に入る。これは生徒の半数近くを占める稲作農家の子が、田植えの準備を手伝えるようにするためだ。だが農家ではない生徒にとっては単なる長期休暇になってしまう。だから学校は不公平感をなくすために、農家以外の生徒には大量の宿題を出してくるのだ。これが実にハンパない量なのだが、俺にとっては小学校の漢字や算数ドリルのようなもの。毎年のことながらのんびりやっても一週間もあれば終わるので、今日はユキさんとデートを楽しむことにしたというわけである。
「やっぱりヒコザ先輩と一緒だと人目を引いてしまいますね」
ユキさんの言う通り、俺たちとすれ違う誰もが遠慮のない視線を向けてくる。しかしどれもこれもこの世界では超イケメンの俺と共に歩くユキさんへの羨望の眼差しのように感じられた。それに今は俺もユキさんも帯刀しているので、貴族に対する畏怖の念もあるのかも知れない。
「そう?」
「はい。あの、いつも思うんですけど、ヒコザ先輩は私と一緒にいて恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしい? 何が?」
「だって私は……」
アカネさんが傍にいる時や校内などでは強気に見えるユキさんだが、こうして二人きりになるとどういうわけかしおらしい一面を見せてくれる。やっぱり本質は照れ屋さんなのかも知れない。ということは、存分に恥ずかしい思いをさせてあげないといけないよね。
「未来の本妻と一緒にいるのに恥ずかしいことなんてあるわけないよ。本妻ってのは俺の願望だけどね」
「ほ、本妻って……それ、本気で言ってるんですか?」
焦ったユキさん、可愛いな。
「もちろん。あれ、もしかしてユキさん、誰か好きな人いるの?」
「好きな……い、いるわけないじゃないですか!」
「そうなの?」
「当たり前です!」
「そっかぁ、俺のことが好きって言ってくれたら嬉しかったのにな」
そう言って少し寂しそうな顔をして見せる。もちろんこれは演技だが、男性相手の免疫がほとんどないユキさんには効果てきめんだった。
「あ、あの……えっと……き、きき、嫌いじゃないで……です、よ、せ、先輩のこと」
頭から湯気が出て脳みそが沸騰してるんじゃないかってくらいに噛みまくるユキさん。でもその言葉は俺を気遣って言ってくれてるんだよね。そう思うと無性に愛しく思えて今すぐ抱きしめたくなっちゃうよ。だけどこれ以上弄ると後が怖いので、この辺で話題を変えることにするか。
「ところで今日は何を買いに行くの?」
「あ、はい、父上にお誕生日のプレゼントをと思って。でも私は男性の好みとか分からないので、それでヒコザ先輩にお供をお願いしたんです。先輩、父上とは色んな意味で趣味が合いそうですから」
ユキさん、ジト目で見るのやめて。
「そ、そう、閣下の……それはいつ?」
「三日後です。何がいいですかね」
無難なところだとネクタイとか言いたいところだが、男爵閣下がネクタイを締めているところは見たことがない。それにこちらの世界の正装は民族衣装みたいなやつだし、スーツ自体が存在しないのである。
「そうだね、羽ペンとかどうかな。執務なんかで使うんじゃない?」
「なるほど、羽ペンいいですね」
「女の子はアクセサリーとかが嬉しいかも知れないけど、男ってわりと普段使える物が嬉しいんだよね。もちろん人によるけど」
「ヒコザ先輩だったら何が嬉しいんですか?」
「そうだなぁ、何が嬉しいかな……」
俺が普段使う物と言えば靴とか鞄とか、後は下着とか靴下とか。考えてみると趣味らしい趣味がないんだよね。それにユキさんに下着とか言ったら変に思われるかも知れないし、そもそもプレゼントしてもらうならもっと違う何かがいいよな。ユキさんからしか貰えないような何か、なにか、ナニカ……
「ユキさん、思いついたんだけど……」
「何ですか? もったいぶらないで教えて下さい。そんなに高い物じゃなければプレゼントしますよ」
「え、ホントに? でも……うーん、値段は付けられないかな」
「そんなに高い物なんですか? それだと私には無理かも知れません」
「あ、いや、どちらかと言うとプライスレスみたいな感じだね」
「プライスレス? どういう意味ですか?」
「お金じゃ買えない価値があるって意味」
本当は違うけど、そういうことにしておこう。
「え? 何です何です? 教えて下さいよ」
「でもなぁ、言ったら絶対怒るし……」
「もう! 言わなくても怒りますよ」
「どっちにしても怒られるって、なんか理不尽じゃない?」
「ヒコザ先輩がもったいつけるからです」
そろそろいいかな。ここまで引っ張ったから、いい赤面が見られそうだ。どうせ怒られるならその分こっちも楽しまないと損だしね。
「じゃあ言うけど、怒らないでね?」
「怒るようなことじゃなければ怒りません」
「あのね……」
俺はユキさんの耳元に、俺が最も欲しいものを囁いた。予想通りユキさんは目を見開いて、色白の顔が真っ赤に染まっていった。




