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第十二話 嫌だったというわけじゃないんです

 何とも不思議な気分だった。カシワバラさんの家にお邪魔してまず思ったのは、彼女と同じいい匂いしかしないということである。大抵はそれぞれの家庭に独特の香りというものがあって(しか)るべきだと思うのだが、玄関に入ってからずっとあのほんのり甘くて優しい香りが続いていたのだ。何となく全身がカシワバラさんで満たされた感覚に、俺は思わずうっとりしてしまったほどである。


「すぐに用意しますので少し待ってて下さいね」

「うん、ありがとう」


 ピーコートを脱いで花柄のエプロンをかけたカシワバラさんはやっぱりエロい。どうやらミニスカートの下は生脚だったらしく、きれいに切りそろえられた足の爪も清潔感に溢れている。そして何と言っても形のいいお尻に目がいってしまうのは男としてどうにも我慢出来ない。カシワバラさんは俺のために料理を作ってくれているのに、そんなことばかりが頭を(よぎ)るので少し自己嫌悪になってしまったよ。


「いやあ、本当に美味しかった」


 カシワバラさんの手料理は相変わらず美味(うま)かった。以前に作ってくれた弁当もよかったが、さすがに作り立てには(かな)わない。それに可愛い女の子との食事はそれだけでご馳走である。交わした他愛ない会話でさえ、一味も二味も加えるスパイスとなるのだ。


「そう言ってもらえてよかったです」

「カシワバラさん、普段から料理してるの?」

「そうですね、両親はいないことが多いので大体は私が作ってます。食べるのも一人が多いんですけど……」

「そ、そうなんだ」


 ふっと寂しそうな表情になるカシワバラさんが何だか(いと)おしく思えて仕方がない。俺は無意識のうちに彼女の隣に移動して、細い肩を抱き寄せていた。


「あ……」


 一瞬ピクッと肩をふるわせて驚いたような溜息が聞こえたが、カシワバラさんは抵抗することもなく俺に体を預けてくる。その瞬間、体に電流が走ったようにたまらなくなり、俺は彼女を抱きしめてしまった。無防備になった大きな胸が俺の胸に当たり、あのふわりとした甘い香りが彼女を抱く腕に力を入れさせる。そのままキスをと思ったが、腕にこめた力を緩めるのさえもどかしく感じられた。


「コムロさん……苦しいです……」

「あ、ご、ごめん……」


 しかし切なそうにつぶやいた彼女の声で俺はふっと我に返った。今のはいったい何だったのか。まるで自分が自分じゃないような、そんな夢心地にとらわれていたのだ。それでも俺はカシワバラさんの柔らかくてか細い体を離すのをためらった。


「コムロさん、今日のことは誰にも言いません。ですからこのままお帰りいただけますか?」

「う、うん……」

「あの、コムロさん……」

「うん?」

「やっぱり何でもありません」


 カシワバラさんは何か言いたげだったが、目を伏せてそれ以上口を開こうとはしなかった。気まずいままで帰りたくはなかったが、俺もどんな顔をしてどんな言葉をかければいいのか分からない。仕方がないので食事の礼だけ言って、俺はカシワバラさんの家を後にしたのだった。




「おはようございます」

「あ、カシワバラさん、おはよう」


 翌日カシワバラさんは登校してすぐ、いつものように微笑みながら挨拶してくれた。よかった、昨夜のことは気にしていないようだ。ほっとしたと同時にちょっと拍子抜けしちゃったよ。


 それにしても昨日の俺はどうかしていたとしか思えない。意識がないわけじゃないのに、あの時はカシワバラさんを相手にどうしても我慢することが出来なかったのである。チカコさん、つまりユキさんのお母さんにされたような誘惑を受けたわけでもない。にも関わらず昨夜はどうにも歯止めが効かなかった。もしカシワバラさんの苦しいという一言で我に返らなかったら、俺は彼女に欲望の(たけ)をぶつけていたに違いないのである。


 彼女のエロさは今日も相変わらずだ。しかし今は何がなんでもどうにかしたいという程のものではない。本当に昨夜の俺はおかしかったとしか言いようがなかった。


「あの、コムロさん……」

「うん?」

「い、嫌だったというわけじゃないんです。その……抱きしめられたこと……」

「へ? あ、えっと……」

「だから……これからも仲良くして下さいね」


 言いながら微笑んだカシワバラさんはやっぱり可愛かったが、俺はその瞳の奥に昨夜と似た寂しそうな色を感じていた。

///////

次話はこの章のクライマックスです。

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本作の第二部は以下となります。

暴れん坊国王 〜平凡だった俺が(以下略)〜【第二部】

こちらも引き続きよろしくお願い致します。

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ストックはすでに五話ほどあります。

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