第十三話 余が断じて許さん
「陛下!」
俺の放った言葉に、アカネさんとスズネさんが思わず叫んでいた。
「陛下、どうしても……どうしてもお聞き届け願えないのでしょうか……」
「諄い!」
「陛下!」
再びアカネさんとスズネさんが抗議してくる。ああもう、分かったから。
「だが女よ、勘違い致すな」
「は……はい?」
「余が其方の願いを聞き届けないのは、元々其方らを咎めだてするつもりがないからだ」
「へ、陛下……では!」
「余計な心配をしおって。余をキノシタ如きと同列に見るでない」
「これで……これで安心して夫の許に旅立つことが出来ます。どうぞ、私めの首をお斬り下さい」
「そうしたいのは山々なのだがな、余はうっかり申してしまった」
「はい?」
「其方の願いは聞き届けられぬと」
「あの……?」
「陛下!」
俺の言いたいことが分かったアカネさんが、今度は嬉しそうな声を上げる。
「分からぬか。其方の命と引き換えの願いは聞けぬ、つまり其方の首を刎ねることは出来ぬと申しておるのだ」
「私を……私をお赦し下さるのですか?」
「そう申しているつもりだが」
「陛下! ですが私は陛下にご無礼を……」
「女よ、其方の悲しみは痛いほどよく分かる。余も此度の戦で掛け替えのない配下の者を二人も失った。其方にとっての夫に等しい者たちだ」
「……」
「だがその者たちは余が後を追うことを喜ばぬ。其方の夫もそうではないのか?」
「陛下……」
女性の目から大粒の涙が溢れ出てきた。
「確かに……確かに夫は自分にもしものことがあっても強く生きてくれと……戦の前にそう言い残して……」
「それが其方の夫の愛だ。その愛を踏みにじるような真似は余が断じて許さん」
俺はその時、周囲の領民たちから嗚咽が漏れるのを聞いた。それは戦で家族を失った者だけではない。沿道のほとんどの者たちが泣くか、涙を堪えていたのでえる。
「勿体ない……勿体ないお言葉を……」
「皆の者よく聞け! コウフの民は我が民ぞ! たとえ戦では敵同士だったとしても、今はその戦で命を落とした者も全てが余が愛して止まぬ領民である! 数日の後には慰霊祭を執り行う。そこには元帝国軍として戦った者たちも含まれている。望む者は参列を差し許す」
そして俺は再び女性に目を向けた。
「夫を亡くしては生活にも困ろう。望むならコウフの城で働けるようにしてやるぞ」
「陛下! ま、誠にございますか?」
「余に二言はない。それは先ほど身をもって分かったであろう?」
「でも私だけ……」
「命を差し出してまで余の許に歩み出た其方の勇気に免じてだ。臆することはない。名を何と申す?」
「は、はい、キヨミ、カドサカ・キヨミと申します」
「キヨミだな、覚えておこう。マツダイラ、頼むぞ」
「御意」
「明日以降ならいつでもよい。城門の衛兵に名乗れば分かるようにしておいてやる」
「何から何まで……!」
溢れる涙を拭おうともせずに何度も頭を下げるキヨミに、スズネさんがそっと近寄って声をかける。
「陛下のご温情も亡くなったご主人の愛故とお思いなさい」
「あの、失礼ですが……」
「私は陛下の四番目の妻ですよ」
「お、王妃様!」
「ちなみに私はご主人さま陛下の第二夫人です」
「あ……あ……」
キヨミは卒倒しそうになりながらも、何とか正気を保ってその場を辞していった。男の絶対数が少ない中でようやく伴侶に巡り会えたのに、若くしてその夫を亡くしてしまった彼女はあまりにも可哀想だ。俺はせめて今後の生活だけでも安堵してやりたいと思ったのである。だが、これは集まった領民たちの心を大きく震わせたようだ。その後この話はコウフ領民たちの語り草として受け継がれることとなるのだった。
「其方の領民思いは余も見習うところがあるな」
「よして下さいよ。陛下にはまだまだ及びませんから」
「義父と呼ばぬか」
「あ、はい、義父上……」
「だが、そうして自分に心酔する者で周りを固めれば、いざという時も安心というわけだな」
「私にはそのような打算的な考えはありませんが……」
翌日、早速キヨミは城に来てメイドとして働くこととなった。彼女には子供もなかったのでコウフ城に住み込みで働くことを許されたが、特に希望があったため現在の住まいは王国が召し上げることになった。亡き夫との思い出を手放したくないとの、彼女の希望によるものである。
「これほどまで一人の者を優遇されてよいのですか?」
マツダイラ閣下の疑問に俺はこう応えた。
「一人の領民さえ救えぬ国が、全ての領民を支えてやれると思うか?」
マツダイラ閣下に土下座されたのは、これがおそらく初めてだったと思う。




