第十二話 願いを聞き届けることは相ならん
「此度の見事な采配、恐れ入ります」
コウフ城に入った俺たちは、オオクボ国王に出迎えられていた。この城は広大な敷地に建てられており、規模もタケダ城よりはるかに大きい。その大広間に集まっているのは俺たち八人と同行してきたマツダイラ閣下、オオクボ国王と側近のガモウ・ノリヒデ伯爵である。他は衛兵が各扉の脇に二名ずつといったところか。元いた城の職員は全員城外に出されているので、メイドさんや執事さんの姿はない。
「なに、其方の放った三人の勇士のお陰だ。モモチとヤシチは残念なことをしたがな」
「はい。申し訳ありません」
「其方が謝ることではない。彼らの働きにより全軍が刀を交えるには至らなかったのだ。しかも我が軍は無傷ぞ。これは誇ってよいこと。二人も自分たちの命が無駄にならなかったことを喜んでいることだろう」
「今はそのように祈るしかありませんね」
「そう気を落とすな。それより大変だったそうだな」
「はい……」
オオクボ国王が言っているのは、俺たちがコウフに入ってからこの城に辿り着くまでのことだ。イサワから国境を越えてしばらくすると、俺たちの乗った馬車が領民の熱烈な歓迎を受けたのである。
「タケダ王国、バンザーイ!」
「国王陛下、バンザーイ!」
城に続く沿道には多くの領民が詰めかけ、両手を挙げて万歳コールが鳴り響いていたのである。その時は俺の訪問がどこから漏れたのかと思っていたが、後から聞いた話ではオオクボ国王が布令を出したらしい。幸いなことに警備は十八万の兵がいたので事欠くこともなく、義父はそれを見越して俺のコウフ入りを知らしめたようだ。
「すごい人ですね」
「つい先日までは敵国だったのにな。やはり領民は圧政に苦しめられていたか」
この歓迎ぶりにはさすがの妻たちも驚いているようだ。
「マツダイラ、出るぞ」
「へ、陛下、危険です!」
俺は馬車の小窓から併走していたマツダイラ閣下に小声で言った。彼が反対するのは当然と言えば当然だろう。だがこれだけの民衆を前に、顔を見せないわけにはいかない。
「構わん。アカネ、スズネ、頼むぞ」
「はい!」
「御者よ、馬車を停めよ」
「ははっ!」
間もなく馬車がゆっくりと停まると、それまで騒いでいた領民たちが一斉に静まり返る。彼らの期待に弾む息遣いが聞こえてくるようだ。そこで一呼吸置いてから馬車の扉を開け、まずはアカネさんとスズネさんが外に出る。民衆は一瞬俺が出たのかと歓声を上げようとしたが、彼女たちの姿に落胆したようだ。失礼な、二人は俺の妻であり王妃なんだぞ。だがまあ、仕方ない。あまり勿体つけても時間の無駄なので、俺は二人の後ろに護られるようにして馬車から降り立った。
「タケダ王国国王、タケダ・イチノジョウ陛下のお出ましである。皆の者、跪け!」
歓声が上がる前にマツダイラ閣下が大声で叫ぶと、沿道の人たちが一斉に片膝を付いて頭を下げる。俺は出来るだけ多くの皆から見えるように、馬車の前に移動した。
「よくぞ集まってくれた。皆、面を上げよ」
瞬間、大歓声と黄色い声が入り交じって大騒ぎとなった。俺はそんな彼らに高く両手を挙げて手のひらを左右に振る。すると更に歓声が大きくなる。しばらくそれに応えながらようやく収まりかけ始めたところで、今度は手のひらを前後に振って静まるように求めた。
「余がタケダ・イチノジョウである。此度の戦によりコウフの地は余が治めることとなった。この中には戦により家族が命を落とした者もあろう。敵として戦ったとは言え、まずは悔やみを申す」
ところどころから嗚咽が漏れるのが聞こえてくる。
「国王陛下に申し上げます!」
その時、突然一人の若い女性が民衆の間から駆け寄ってきた。すぐさまアカネさんとスズネさんが俺の前に立ちはだかる。それと同時に女性は衛兵に組み敷かれ、地面に押さえつけられて身動きはおろか声も出せなくなってしまったようだ。
「衛兵! 女子をそのように手荒に扱うな! 息が出来ないではないか!」
「はっ! も、申し訳ありません!」
俺の怒声に驚いた衛兵がほんの少し力を緩めると、女性は苦しそうに何度も呼吸を繰り返していた。
「女よ、本来であれば其方は打ち首だ。それを知ってのことだろうな」
俺の言葉で周囲の領民たちは固唾を飲む。
「はい! 私は首を刎ねられても構いません。ですからどうかお聞き下さい!」
女性の頬には今流したのではない涙痕があった。
「相分かった。衛兵、女を放してやれ」
「し、しかし陛下……」
「陛下に二度同じことを言わせるな!」
今度はマツダイラ閣下が衛兵を怒鳴りつけた。これに恐れをなして、慌てて彼は女性を放す。
「申せ」
「は、はい! ありがとうございます! 私の夫はこの度の戦で陛下の軍と戦い、命を落としました」
やはりそうだったか。
「ですがそれは皇帝に命じられて仕方なくだったのです。夫は最後まで戦には行きたくないと申しておりました」
「それで?」
「ここに集まった多くの遺族は、ほとんどが皆そのような境遇なのです。ですから陛下、どうか、どうか遺族へのお咎めは私一人の命と引き換えにお赦し願えませんでしょうか」
「何故其方は自分の命を差し出すのだ?」
「それは……私は最愛の夫を亡くしました。もう生きていても仕方がないからです」
「そうか」
そこで俺は一呼吸置いて、再び目に涙を浮かべる女性に鋭い視線を送る。
「其方の言い分は分かった。だが願いを聞き届けることは相ならん」
その言葉に、辺りはしんと静まり返るのだった。




