第二話 急にずるいです!
「陛下、私は……私は……」
この様子ではミノリ姫を軍議に参加させ続けるのは難しいだろう。そう思った俺はいったん彼女の肩を抱いて部屋の外に出た。
「案ずるな。すでに手は打ってある」
「ですが……ですが陛下、もしシナノが帝国に攻め込まれ、そして滅ぼされてしまったら……」
「うん?」
「私は同盟国の姫ではなくなってしまいます」
「だが余の妻だ」
「まだ私は……私はまだ陛下との婚儀を済ませてはおりません」
「いや、婚儀など重要ではない。大切なのは互いの心だ。余はすでに、其方を妻と思っているぞ」
「陛下……陛下!」
ミノリ姫は力いっぱい俺に抱きついてきた。
「お願いでございます、陛下! どうか父を、シナノをお救い下さい! お願いでございます!」
お願いと繰り返す彼女を、俺も力いっぱい抱きしめ返す。
「それほど心配なら一つ、このタケダの秘密を其方に明かしてやろう」
「秘密……でございますか?」
俺を抱く腕を緩め、ミノリ姫は胸の辺りから見上げてきた。可愛い、このまま口付けしたい。そんな衝動を何とか抑えて、俺は言葉を続けた。
「そうだ。我がタケダの軍勢が恐れられる理由、これは六人の妻以外に知っている者はごくわずかだ。よって他言無用、守れるか?」
「はい! もちろんです!」
「ウイ、出てきてくれ」
「はい」
「ひゃっ!」
突然目の前に現れたウイちゃんに驚いて、変な声を上げながらミノリ姫は再び俺にしがみついてくる。だが怖がっている様子はない。
「ウイ妃殿下の幻術ですね? それが何か……?」
「義父上、お出まし下さい」
「婿殿、これでよいかな?」
「あ……あ……」
今度はさすがに彼女も口をパクパクさせるだけで言葉が出ないようだ。それはそうだろう。そこに現れたのはアザイ王と、わずかに透けて見える無数の幽霊兵だったからである。しかも全員顔がない。
「実はな、ウイは幽霊なのだ。そしてこちらが帝国に滅ぼされたアザイ王国国王、アザイ・ナガシゲ陛下。ウイの父君だ。知っての通りウイは余の妻だから、アザイ陛下は余の義父上となる」
「ゆ、幽霊……」
「そして義父上の後ろに見えるのが我が無敵の軍隊、アザイ軍の兵士たちだ。彼らもまたすでにこの世の者ではないからな。つまり不死の軍隊ということになる」
ミノリ姫がガタガタと震えている。さすがに怖いのだろうが、卒倒してしまわないところはさすがだ。
「これがシバタ軍約七万を一瞬で退けた秘密だ」
「幽霊……兵……」
「義父上、ありがとうございました。後ほどまた果実酒をお供え致します」
「うむ」
珍しくアザイ王はすぐに姿を消した。おそらくウイちゃんがいたからだろうと思う。やっぱりどこの父親も娘には弱いということだね。
「万が一帝国軍がシナノに攻め込んだとしても、たった今その目で見たアザイの兵士たちが奴らを蹴散らしてくれることになっている。どうだ、これでも不安か?」
「あ、あの……幽霊……って……」
「余の妻になるのだ。早めに慣れてくれよ。ウイは頼りになるぞ。どこにいても念ずれば来てくれるのだからな」
「念じなくても出ますわよ」
「ひ、ひいっ!」
「ウイ、あまり脅かしてやるな」
「うふふ。ミノリさん、あなたがヒコザ様に危害を加えようとしない限り、私はあなたを害するつもりはありません」
「へ、陛下に危害を加えるなど、絶対にありません!」
「それならよかったですわ。これから仲良くして下さいね」
「は……はい……」
ウイちゃんはにっこりと微笑んでいるが、ミノリ姫の方は俺にがっちりしがみついたままである。
「では私がいると怖がらせてしまうようですので、この辺で消えますね」
「ああ、ありがとう」
「ヒコザ様、今宵は私の番ですので、たっぷりと可愛がって下さいね」
そう言うとウイちゃんはその場からすっと消えていた。
「私の番?」
ひとまず幽霊がいなくなってほっとしたのか、ミノリ姫が変なところに食いついてきた。
「あ? ああ、気にするな」
「でもウイ妃殿下は何故陛下のことを城下での呼び名で呼ばれていたのですか?」
「それも追々、な」
ともあれこれで彼女もシナノは大丈夫だと理解してくれたのではないかと思う。その証拠に何となくほっとした表情を見せているからだ。
「どうだ、余が盟約を違えぬと言った意味が分かったか?」
「はい。でも……」
「でも?」
「もし父が陛下の申し出を断り、タケダに兵を向けていたら……」
「ミノリ殿」
「はい」
「そのもし、はなかったのだ。考える必要はないだろう」
そう言って俺はミノリ姫の唇に、軽く自分の唇を合わせた。
「あっ!」
「今してやれるのはここまでだ。それとも嫌だったか?」
「そ、そんな……急にずるいです! もう一度、もう一度ちゃんとして下さい!」
俺はそんな彼女をしっかりと抱きしめ、しばらくその柔らかな感触を楽しむのだった。




