第十九話 別の罰を申し渡す
「イチノスケ、先ほども申した通り余の名を騙るは重々不届き。よって死罪申し付くるところなれど」
一瞬泣きそうな表情を浮かべたシズが、驚いたように目を見開いた。
「お前は余を謀ることもなく、また余が密かに用意した大金貨十枚を持ち逃げもせず、挙げ句余を信じて預けたはあっぱれ。よってまず罪一等を減じる」
俺の言葉にイチノスケが顔を上げる。その目には涙が浮かんでいた。彼の伴の二人の女性も同様だ。
「また、このハチマン屋を救うべくミネギシ組と二軒の宿の不正を暴くに至る大きな働きを認める。よって更に罪一等を減じる」
「こ、国王陛下……」
死罪より一段軽いのが遠島、それより軽いのは一定の距離への追放である。
「なお、本来であれば居住地より十里四方払とするところ、余はお前の住んでいる場所を知らぬ。よってこれは別の罰に置き換えることとする」
「別の……罰……?」
「シズよ」
「は、はい!」
「余がお前に教えた宿立て直しの秘策、覚えておろうな?」
「も、もちろん! ……でございます!」
「ご主人さま陛下、何ですか、その秘策って?」
そうか、まだこのことはアカネさんたちには話していないんだった。そこで俺は皆にその秘策を明かしたのである。
「日帰り温泉……ですか?」
「そうだ。宿泊よりはずっと安い値段で、風呂だけ入らせるということだ」
すでにこれを聞いていたシズ以外、皆一様にキョトンとした表情になっていた。
この宿の宿泊費は食事も含めて、俺たちが案内された一番高い部屋でも一人大銀貨一枚と安い。だがいくら安くても、建物が廃墟のようでは宿泊しようという気にはならないだろう。
しかし風呂の方はシズが自慢するほど素晴らしいものだった。しっかりした石造りで、確かに掃除も行き届いていて気持ちよく温泉を楽しめるのだ。これを放っておく手はないだろう。
「まず今は一つしかない浴室を増やして、男女入れ替え制から双方がいつでも利用出来るようにする」
「増築ですか! そのようなお金は私たちには……」
「これを使え」
言うと俺はトラゾウから取り上げた大金貨が入った革袋をシズに手渡した。
「こ、これは……!」
「やるのではない、王国が貸すのだ。何年かかっても構わんから返せよ。利息はいらん」
「で、でもこんな大金……」
「風呂だけ入って帰る客の方がはるかに多いだろうが、中にはそのまま宿泊を望む者もいるはずだ。せっかくの客をこんなオンボロの部屋に泊まらせるのか?」
「では改築も……!」
「間もなくコトブキ屋とコウフク屋は潰れる。そうなればこの界隈に大きな温泉宿はここの他になくなるだろう」
宿泊費も今のような安値ではなく、老舗高級宿として再出発すればもっと取れる。昼間は日帰り用に温泉を安く開放し、夕方以降は宿泊客専用にすれば温泉の無駄もなくなるという寸法だ。
「なるほど、さすがご主人さま陛下です!」
「いやはや、タケダ殿には恐れ入った」
アカネさんに続いてオガサワラ王にまで感心されてしまったよ。だが、ここでまたシズが不思議そうな顔でオガサワラ王の方を見る。
「タケダ殿?」
彼女にしてみればご隠居と呼ばれていた彼はただの平民だ。それが俺のことを殿呼ばわりである。不思議に思っても無理はないだろう。
「そう言えば伝えてなかったな。ご隠居は実は先だって我が国と同盟を結んだ、シナノ王国のオガサワラ国王なのだ」
「こ、国王様がお二人!」
「オガサワラ殿、是非このハチマン屋の風呂に墨付きをやってはもらえないだろうか」
「構わんですぞ。実にいい湯でしたからな」
「国王様のお墨付き! それを頂けるのですか!」
「本当は余も書いてやりたいところではあるが、何分王国が金を貸しているのでな」
「そ、そんな! もったいない!」
シズとマサキチが何度も俺とオガサワラ王に頭を下げる。
「他の者も紹介しておこう。この二人が余の妻、王国第二王妃のアカネと第四王妃のスズネだ。そしてそこの女子はシナノ王国第二王女ミノリ。オガサワラ殿の息女だが、間もなく余の七人目の妻となる。ただし今はまだ他言するなよ」
「お、王妃様に王女様……!」
「そしてそこの少し強面の男がサエキ・タツオキ。いずれ築城されるイサワ城の城主となる者だ」
「強面とはあんまりでございますぞ、陛下」
「そんなお偉い方々とはつゆ知らずご無礼の数々、どうかお許し下さい!」
そう言って思わず平伏したシズとマサキチを見て、イチノスケと女性二人も慌てて平伏していた。頃合いのいいところだろう。俺はイチノスケたちの裁きを続けることにした。
「では先ほど申した別の罰を申し渡す」
恐る恐る顔を上げたイチノスケの表情に緊張が走るのが分かった。そんな彼に俺は、ニヤリと笑いかけるのだった。




