第十五話 お荷物を検められてはいかがですか?
これはどうしたものか。アカネさんとスズネさんはいいとして、他の面々がいるところでウイちゃんを呼び出すわけにもいかない。ただ、あくまで推測に過ぎないが、普段幽霊であるウイちゃんと接している俺とは波長が合いやすいのかも知れない。だからいつも泣いていると思われる向かいの部屋ではなく、この部屋にやってきたのではないだろうか。
「と、とにかく皆離れてくれ」
「だって……」
アカネさんが更に強く腕にしがみついてくると、スズネさんも無言で体をぴったりと寄せてきた。ミノリ姫も相変わらず俺の背中に隠れるように体を押し付けてくるものだから、胸の感触がもろに伝わってくる。本当ならこの幸せを思う存分噛みしめたいが、まずは殺された女中の霊を鎮めないとそれどころではない。
「仕方ないな。なら皆、今夜はひとまずあの女中の霊に泣き止んでもらおうではないか」
「え? ご主人さま陛下、そんなことが出来るのですか?」
「出来るか出来ないかではない。やるのだ」
「でもお聞きした願いって……」
スズネさんも不安そうに俺の顔を見上げてくる。この角度、めちゃくちゃ可愛いぞ。
「と、とにかく、これから俺が言うことを真似して言ってくれ」
「分かりました」
「それで女中の霊が泣き止むのなら承知しましたぞ」
アカネさんがすぐに応えるとオガサワラ王も続いたので、他の皆も頷いて同意してくれた。
「ではいくぞ」
「ではいくぞ」
「アカネ、そこは真似しなくていい」
俺は苦笑いしながら言うと、仕切り直しのつもりで背筋を伸ばして居住まいを正す。どうでもいいけどミノリ姫、重いよ。
「女中殿」
「――女中殿」
「其方の願い」
「――其方の願い」
「聞き届けた」
「――聞き届けた」
「安心して」
「――安心して」
「待っていてくれ」
「――待っていてくれ」
言い終わった途端、皆が目を見開いて驚く。何とそれで霊の泣き声がピタリと止んでいたのである。その隙に俺は彼女たちの束縛を解いて襖を開くと、ほんの一瞬だけこちらに土下座している女中の姿を見たような気がした。
「どうやら分かってくれたようだな」
「でもご主人さま陛下、これって守れなかったら……」
「祟られるかも知れん」
「ひっ!」
皆血の気が引いたような表情になっていたが、その時俺はふと閃いたのだ。それはもしかしたら女中の霊が、耳には届かない声で教えてくれたのかも知れない秘策だった。
「明日はオカメ一家との対決だ。スズネ、金の方は頼んだぞ。アカネとサエキは俺たちを護れ」
「はい!」
「御意!」
その後俺たちは男女に分かれて温泉を堪能し、布団が敷かれた襖の向こうの寝室ではなく、客間の方で雑魚寝して一夜を過ごした。
そう言えばすっかり忘れていたが、ニセモノたちは雨漏りの被害には遭わなかったのだろうか。そんな思いが心を過ったが、大した問題ではないので放っておくことにした。
「へっきし!」
「くしゅん!」
朝からニセ陛下と伴の女性が二人ともくしゃみを連発していた。鼻もすすっているし、どうやら風邪をひいてしまったようだ。男はどうでもいいが、女性はちょっと可哀想な気がする。
「陛下、どうなさいました?」
「うん? い、いや……っきし!」
「大丈夫ですか?」
「ああ。それより……っきし! 俺は昨日何かとんでもないことを言ったように思うんだが……へっくし!」
覚えてないのかよ。まあしこたま酒を飲ませたのは俺だからね。
「風邪ですかな。これをどうぞ」
「おお、すまん」
俺の後に付いてきたオガサワラ王が、サエキから受け取った風邪薬を出してニセモノたちに渡している。それ、王家の薬だから効き目はばっちりだと思うぞ。今日は寝込まれたら困るから、オカメ一家が来るまでその薬を飲んで寝ているといいよ。
「陛下はオカメ一家の頭にこのハチマン屋の借金、大金貨十枚を今日の暮れ六ツまでに用意すると言われたんですよ」
「なっ! そ、そんなこと言った覚えは……何となくあるな……」
何となくじゃなくてはっきり言ってたんだよ。
「な、なあ、こ、こ、コロモと申したか……」
「コムロですよ、陛下」
人を揚げ物みたいな名で呼ぶな。全く、失礼な奴だ。
「そ、そうか……ひっくしっ! お前大金貨十枚用意出来るか?」
「は? そんな大金、用意出来るわけないじゃないですか。陛下、お城に遣いを出して届けさせるんじゃないんですか?」
「ん? ま、まあそうなんだが……」
「陛下、こちらにいらしたのですか」
そこへ用事を済ませたスズネさんが戻ってきた。ウインクして見せてくれたので、準備が整ったということだろう。
「先ほどお城からの遣いと言われる方が見えたので陛下のお部屋にお通ししたのですが」
「スズネ、その遣いの方はどうされた?」
「はい。陛下のお姿が見えなかったので帰られました」
「さすが陛下。我々に知られないうちにちゃんとお城に渡りを付けられておいでだったのですね?」
「いや、そんなはずは……」
「何も隠されなくてもよろしいではありませんか。お荷物を検められてはいかがですか?」
「そ、そうだな……ひっくし!」
そして間もなく、ニセモノが血相を変えてよろめきながら戻ってくる。その手には拳ほどの大きさの革袋が握られていた。
「お、おい、これ……」
「おお! やはり陛下のなさることは素晴らしい! これでこのハチマン屋も救われますね」
俺は震えながら革袋から大金貨を出して見せてきたニセモノに、満面の笑みで応えたのだった。




