第十二話 何者かに金を奪われ殺されてしまったのだよ
「シズ、陛下は訳あって宿代をお持ちではないが、お三方の分はご隠居が支払う。一泊一人大銀貨一枚だったな」
「あ、いえ、他の部屋は……」
「大銀貨一枚だったな?」
相手は国王なのだから安い金額では逆に失礼にあたると、俺はそこでシズに耳打ちした。ついでに一番雨漏りが酷くて、すきま風がビュービュー吹き込む部屋の方が喜ばれるとも付け加えておいてやったよ。
「は、はい。そうです。お一人様大銀貨一枚です」
「陛下、お夕食は?」
「うん? まだだが」
「マサキチ、陛下ご一行の分の食材は買ってきたもので足りるか?」
「あ、はい。お陰様で」
どうやらツケを全部清算したら、何やかんやとオマケしてもらえたらしい。まあ泊まる部屋が部屋だし、食事くらいはまともなものを食わせてやるとするか。
「では陛下、我々と共に夕食はいかがでしょう?」
「そ、そうだな。うん、そうしよう」
これから少々このニセ陛下には働いてもらおうと思っている。しかしその前に彼の騙りの目的が何なのかを知る必要があるだろう。
その後しばらくしてようやく夕餉が運ばれてきた。色々あったので遅い時間になったが、とにかく腹が減ってはろくな考えも浮かばない。まずは腹ごしらえと出された物から口に運んだが、なるほどシズの言った通り、マサキチの料理の腕はなかなかのものだった。
皆も腹が減っていたと見えて夢中で料理を頬張っていたが、ニセモノは食事より酒の方に興味があるようだ。そこで俺は酒に強いオガサワラ国王やサエキに彼の酒の相手を任せ、終始情報の聞き出しに専念することにした。俺が酒を飲んでしまうとろくなことにならないからね。
「ところで陛下はどうしてコウフク屋に行かれなかったのです? あちらには空きはなかったのですか?」
「いや、もちろん行ってみたが、何故かコトブキ屋の宿代を支払っていないのが知られていてな」
「え? でも陛下はお忍びなんですよね?」
「そうなんだけどな」
コトブキ屋とコウフク屋が情報の共有でもしているということなのだろうか。それにしたってニセモノとは言え相手は国王だ。にも拘わらずコトブキ屋が他の宿屋に情報を漏らしたとなると、本来なら最悪の場合は反逆罪で取り潰しまであり得ることだぞ。
「不思議ですね。で、陛下は何故そうまでして城下を回っておられるのですか?」
「決まっている。庶民の暮らしを知ることは、王国の運営に欠かせないことだからだ」
「ですが何も寝泊まりまでなさらなくても……」
「何を言う。陽の高いうちは明るい金、つまり健全な金が動く。悪意は陽の許では姿を見せないものなのだ」
なるほど、これは俺も目から鱗が落ちた気分だ。不健全な金は暗くなって人の目に映りにくくなってから動くということか。
「このハチマン屋はな、元々素晴らしい温泉宿だった。それが今のように廃れたのは何故だと思う?」
幽霊騒ぎが原因だって聞いたけど、他に何か知っているとでもいうのだろうか。
「何故なんですか?」
「俺にも分からん」
分からないのかよ。しかしほろ酔いを越えた辺りから、この男の本心が姿を現し始めた。
「実は俺の親父殿が生前、この宿に大変世話になったんだ」
おいおい、自分が国王だってことを忘れてないか。ハルノブ王が死んだことはまだ公表してないぞ。それに先王が個人的に領民の世話になったというのも聞いたことがない。まあツッコミどころはあるが、とりあえずこのまま彼の話を聞くことにしよう。俺はそう思って他の面々に目配せした。
「どのような世話になったんですか?」
「親父殿がこのエンザンを湯治で訪れた際に路銀をスリ取られてしまってな」
外ではとうとう雨が降り始めたようだ。ぽつぽつという雫の音が、段々と本降りになって激しく地面を打ちつける音に変わる。
「その日は今日よりずっと気温も低かったようだ」
路銀を失って途方に暮れていたところに、今夜のような激しい雨が降ってきた。しかしどこの宿屋も事情を話すと、金を持っていない客はお断りと門前払いである。そんな時、快く迎え入れてくれたのがこのハチマン屋の主だった。
「野宿で雨に打たれた者の多くが命を落とした、そんな日だったんだ」
「ではこのハチマン屋はお父上の命の恩人ということですか」
「そうだ。当時はハチマン屋もかなり繁盛していたそうで、特にこの宿の温泉は多くの効能があると大人気だったらしい」
彼曰く、コトブキ屋やコウフク屋も当時から商っていたが、ハチマン屋の温泉と比べると泉質がまるで劣る。おそらくは加水などで温泉を薄めているのではないかというのが専らの噂だった。しかもハチマン屋は開業してから二百年以上にもなる老舗中の老舗である。客入りは他の二軒とは雲泥の差だった。
「当然いきなりの訪問では空き部屋などあるはずもない。だがこの宿の主はわざわざ従業員用の部屋を空けてくれてな。食事まで他の宿泊客と同様のものを出してくれたそうなんだ」
「そんなことがあったんですか」
「湯治から帰ってきた親父殿はすぐに金を払いに出たのだが……」
「何かあったんですか?」
「何者かに金を奪われ殺されてしまったのだよ」
そういう経緯があったのか。とは言え解せないのは、彼が高級温泉宿とされるコトブキ屋に、金もないのに身分を偽ってまで宿泊していたことである。まさか父親の窮状に手を差し伸べなかった仕返しということもないだろう。それではあまりにやり方がショボすぎる。
俺は彼の目的が他にあるのではないかと思い、ニセ国王のグラスに更に酒を注いでやるのだった。




