第十一話 この宿に空き部屋はあるか?
「シズ、この宿には他に部屋はないのか?」
無事に食材を仕入れて、食事の支度に取りかかったことを伝えにきた彼女に、オガサワラ国王が尋ねた。これに対して俺以外の者たちは身を乗り出して応えに聞き入る。
「あるにはあるのですが、雨漏りしたり隙間風が吹いたりで、このお部屋が一番まともと言いますか……」
「あ、雨漏りなら今は降ってないですし!」
シズの歯切れの悪い返事にも、アカネさんの言葉で皆安堵の表情を浮かべながら揃って何度も肯いている。
「でも今夜から雨になりそうですよ」
「え?」
確かに彼女の言う通り、空気がジメジメしていて空も厚い雲に覆われている。それに雨の前の独特な匂いも感じられるから、ほぼ間違いなく降ってくるだろう。
「な、なら私はご主人さまの横で寝ます!」
「私もヒコザさんの横で寝ます!」
「お二人ともずるいです!」
「ずるいと言われても、私たちはご主人さまの妻ですから」
「な、なら私は上に……」
上ってミノリ姫、恥ずかしくて赤くなるなら最初から言わなければいいのに。それにアカネさんもスズネさんも、二人に挟まれたら色んな意味で俺が眠れなくなるから。
「あ、あの、それより皆様、先にお風呂になさいませんか? これでもお風呂だけはご満足頂けると思いますので」
そして何故シズまで赤くなっている。それはいいとして、彼女によると宿の建物自体はオンボロだが、風呂は源泉掛け流しで石造りのためしっかりしているそうだ。その上いつ客が来てもいいように掃除は毎日欠かさず行っているので、気持ちよく入浴出来るだろうとのことである。
「では私はご主人さまと一緒に!」
「私もヒコザさんと一緒に!」
「わ、私も!」
「こらこら、いくら何でも男女別に決まってるだろう」
「あ、いえ、あの……お風呂は一つだけなので本来なら時間をずらして頂くのですが、お客様はご隠居さまたちだけですのでご自由にして頂ければと……」
アカネさんもスズネさんもそこでガッツポーズとかしない。それとオッサン二人も。てかオガサワラ国王もサエキも、俺がアカネさんやスズネさんとの混浴を許すわけがないだろう。
「まずは三人で入ってこい。男の俺たちはその後で入るから」
「ご主人さまと一緒じゃないと怖いから嫌ですぅ」
「そうですよ。三人というならヒコザさんと私たち二人で」
「そ、そんな! 私一人だけ除け者にしないで下さい!」
「でもミノリさんはまだ……」
「それはさすがに可哀想だ。だから女子だけで先に入ってきてくれ。な、頼むから」
「おい、誰かいないか!」
「はーい! ただ今!」
その時宿の玄関の方から横柄な男の声が聞こえた。まさかこの宿に俺たち以外の客が来るとは驚きだ。俺だって最初に声をかけられなかったら、たとえ雨宿りでもこの宿に泊まろうとは思わない。しかしシズの方はそうは思っていなかったらしく、二組目の客を迎えるべく俺たちに一礼すると足早に玄関に走っていった。ところが――
「ちょっとお待ち下さい!」
「うるせえ! 返済の期限はとっくに過ぎてるんだ。さっさとここを明け渡しな」
「今夜はお客様がお見えなんです!」
「へえ、金がねえくせにこりゃ何だ? ずい分上等な食いモンじゃねえか!」
「や、やめて下さい!」
何だか様子がおかしい。これはちょっと助けに入った方がよさそうだ。そう思った俺はアカネさんとスズネさんに目配せすると、二人を伴って玄関の方に向かった。もちろんオガサワラ国王とミノリ姫、それにサエキが付いてこないはずはない。
「何の騒ぎだ?」
「あ、お客様、申し訳ございません。何でもありません」
「おシズさんよ、何でもないはねえんじゃねえか? お客さん、悪いが今すぐここから出ていってくんな。代わりに宿ならコウフク屋に取って……貴族様か、取っておきましたんで」
「何かあったのか? 何だ、またお前たちか」
「ひっ! こ、国王様?」
「え?」
そこに突然現れたのは、先ほどコトブキ屋に残してきたニセ国王だった。もちろん二人の連れの女性も一緒である。さてはコイツら、宿代を催促されて逃げ出してきたな。しかしそんなことを知らないシズとマサキチは唖然とするばかりである。
「国王陛下、この者たちをご存じなのですか?」
「先ほど聞いただろう? コイツらがマスダ屋に因縁を付けていたヤクザ者のオカメ一家だよ。お前たち、また性懲りもなく」
「ち、違いますよ国王様。今回は歴とした……」
「やかましい。目障りだから消えろ。さもないと」
「わ、分かりましたよ。おい、行くぞ!」
ありゃ、理由も聞かず追い払っちゃったよ。全く、これではどっちが無法者か分かったもんじゃない。とは言え結果オーライだ。それにしてもいくらコトブキ屋から逃げてきたからと言って、何故ニセ国王たちはこんなオンボロ宿にやってきたのだろう。
「さすがは国王陛下、お見それいたしました」
「ん? ああ」
「シズとマサキチ、陛下はお忍びだからそんなに畏まらなくても大丈夫だ。ねえ、陛下」
「そ、そうだな。うん」
「でも……」
まあいきなり国王が目の前に現れたら、普通は戸惑うよね。
「ところでどうされたのですか? 急にこんなところにお見えになって」
「あ、いや、まあ色々とな」
やっぱり逃げてきたのか。
「そうだ。あのような高級宿もいいが、俺はもっと庶民の暮らしぶりが見てみたい。娘、シズというのか?」
「は、はい!」
「この宿に空き部屋はあるか?」
「あ、あの……」
どうせだからここで軽く騙りの罪を償わせておくか。
「大丈夫だと思いますよ。庶民は雨漏りしても隙間風が吹いても気にしませんから、陛下もその辺りは問題ありませんよね?」
「ん? あ、ああ、もちろんだとも」
よし、言質取ったぞ。俺が笑いを必死に堪えていると、他の皆もおかしくてニセ国王を直視出来ないようだった。




