第七話 其奴らを国王陛下が懲らしめたと?
「オガサワラ殿はシナノの蕎麦屋の隠居でトキエモン、サエキ殿は手代のタツノシンということでよろしいな?」
俺にオガサワラ国王、サエキとミノリ姫は、アカネさんとスズネさんを加えて城下に出たところである。もちろんいつもの通り俺は貧乏貴族の次男坊、コムロ・ヒコザということで変わりはない。
「それで皆このような身なりを」
シナノではタケダのように貴族の商いは許されていないので、彼らには脇差しのみを差した平民として振る舞ってもらう。無論身に着けている衣装も身分に見合ったものである。もっとも何かあればアカネさんとスズネさんがいるし、何もなければそれに越したことはないのだから問題はないだろう。
「それにしてもこの町はどこを見渡しても女子ばかり。働き盛りの男の姿はほとんど見られませんな」
「シバタが悉くを戦に駆り出したからな。病気や怪我で参戦出来なかった者と、治安のために残された者以外、男は子供と年寄りだけだろう」
中には仮病で徴兵を免れた者もいるだろうが、俺はそれを悪とは思わない。ちなみに神殿建設が終わったら、この町の者から順に捕虜となった者たちを解放しようと考えている。
「これはこれは国王陛下、ささ、中にお入り下さい」
俺たちが散策を始めてしばらくした頃、マスダ屋と暖簾がかけられた呉服屋の店先で、いきなり女将と思われる女に声をかけられた。少し驚いたが、もしかしたら先日の番屋での出来事を見られていたのかも知れない。ここは騒ぎになっても困るので、ひとまず女将に従うことにした。
「すまぬな」
「ほら邪魔だよ! 道を空けな!」
ところが一歩踏み出そうとしたところで、女将が俺を突き飛ばしたのである。危うく転びそうになったところをスズネさんが抱きとめてくれたので難を逃れたよ。それにしてもスズネさんの胸、柔らかくて気持ちいい。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ありがとう」
「無礼な!」
オガサワラ王が今の様子に憤慨していたが、俺はそれを手で制した。どうも様子がおかしいと思って見ていると、俺たちの後ろから二人の女性を従えた身なりのいい男が現れたのである。その男は俺から見るとかなりブサイク、連れの女性は逆にかなりの美人だ。ということはこちらの世界では美男子と醜女の組み合わせとなる。
「お前、大丈夫か?」
その美男子が俺に向かって声をかけてきた。
「え? あ、ああ……」
「女将、領民に乱暴はならんぞ」
「アンタ、こちらは国王陛下だよ! 何ぼんやり突っ立ってるんだい! 陛下がお忍びだからいいようなものの、本当なら無礼討ちだよ!」
いや、国王は俺の方なんだけど。しかし待てよ。これは面白いことになりそうだ。俺はオガサワラ国王やアカネさんたちに目配せすると、片膝をついて頭を下げた。
「国王陛下とはつゆ知らずとんだご無礼。平にご容赦賜りますよう」
「気にすることはない。忍びだ。それよりどうだ。お前たちも共に茶でも飲まないか?」
「よいのでございますか?」
「う? う、うむ。女将、いいか?」
コイツ、俺が恐れおののいて辞退すると思ってたな。
「陛下がそう仰せなら」
「そうか。なら付いてこい」
そうしてニセ国王に従って俺たちが通されたのは呉服屋の奥座敷だった。その広さたるや、百人くらいが集まって楽に宴会を開けるくらいである。一段高い場所にニセ国王と二人の女性が座り、俺たちは平伏して自己紹介を済ませた。
「シナノから遠路はるばるか」
「我が祖国とタケダ王国が晴れて同盟を結ばれましたので。隠居の身では店にいてもすることがございませんし」
「シナノの蕎麦は美味いのか?」
「それはもう。何と言っても蕎麦は水が命。シナノ富士と呼ばれるクロヒメ山から湧き出る水は、祖国自慢の水にございます」
さすがは一国を治める国王だ。腸は煮えくり返っているはずなのに、おくびにも出さず話を合わせてくれている。それに引き換えサエキの苦虫をかみつぶしたような顔は、ニセ国王に咎められやしないかと冷や汗ものだよ。
「そうか。シナノを訪れたら是非食ってみたいものだな」
「その節は我がオガサワラ屋にお立ち寄り下さい」
「オガサワラ屋か。うむ、覚えておこう」
勝手に蕎麦屋始めちゃったよ。
「ところで国王陛下は何故このマスダ屋に?」
「それはね、先日ヤクザ者がうちの店に因縁を付けてきた時に、国王陛下が追い払って下さったのさ。だからそのお礼にって、お召し物を仕立てさせて頂いてね」
女将によると、今日はその仕立て物を取りに来たそうだ。城に届けると言ったのを城下に出る口実になるからと、ニセ国王が取りに来ることになっていたらしい。それはそうだろう。そんな物を城に届けられても俺は記憶にないのだから。
どうでもいいけど女将、俺たちに出した茶はどう見ても出涸らしなんだが。茶の味も香りも全くせず、お湯を飲んでいるみたいだよ。
「それでそのヤクザ者というのは?」
「昔からこの辺り一帯を縄張りにしているオカメ一家のことだね。戦の時には手下全員に腐った物を食べさせて徴兵を免れたって噂だよ」
あの戦に参戦しなかったのは賢明だが、その方法では下手をすれば戦の前に死んでしまうかも知れない。
「なるほど。其奴らを国王陛下が懲らしめたと?」
「俺の名を聞いた途端に尻尾を巻いて逃げ出していったわ」
何だ、逃がしただけか。それでは何の解決にもならないではないか。しかしまあ、このニセ国王は面白そうだ。俺の名を騙った罪は重いが、本当に領民を助けているなら多少は大目に見てやろう。そんなことを考えながら、俺はしばらくこのニセモノに付きまとうことに決めたのだった。
あらま、ニセモノちゃん登場ですね。




