第一話 陛下には一つだけ問題があるのじゃ
「どうだった? 城下の忍び徘徊は」
「陛下はいつもあのようなことをなされておいでなのですか?」
翌日、俺は六人の妻にミノリ姫を交えて城の食堂で昼食を摂っていた。サナエは昨日の刃傷沙汰がショックだったらしく、帰ってからずっと寝込んだままらしい。
「陛下は領民が大好きで、常にお心を向けておられるのです」
ユキたんがそう言うと、他の五人の妻たちが思わずクスリと笑っていた。
「のう陛下、次は妾も連れていって下されよ」
「私も! 陛下、私もお願い致します!」
アヤカ姫もサッちゃんも、前回城下に連れ出してから日が経っているように思う。
「分かった分かった」
「み、皆さまもご一緒されたことがあるのですか?」
まるで恋人にデートをせがむような雰囲気に、ミノリ姫は目を見開いて驚いていた。もっとも彼女にしてみれば昨日は何人かの血が流れているのだから、それも無理からぬことだろう。さらにその時の様子を驚くことなく聞いていた妻たちにも、何となく違和感を感じていたのかも知れない。
「ミノリ殿は驚かれたようじゃがの。あれは陛下の世直しなのじゃ。弱きを助け強きをくじく。悪しきを懲らしめ正しきを讃える。陛下とはそういうお人なのじゃよ」
アヤカ姫、そんな風に褒められるとちょっとくすぐったいんですけど。
「ではやはり陛下も剣術の達人なのですね?」
「あ、いや、それは……」
「うふふ、陛下は剣術はからっきしです。あと馬術も」
「こ、こらユキ、余計なことを申すでない」
「え? それは真にございますか?」
「その分、私たちが陛下をお護りし、手足となって働くのです」
「では妃殿下方は全員剣術の達人と……?」
「いや、剣術はユキ殿とアカネ殿だけじゃ。そこのスズネ殿は忍術、ウイ殿はゆうれ……幻術を使う。妾とサト殿には武術の心得はない」
アヤカ姫、今ウイちゃんのことを幽霊って言いかけたよね。
「そういうわけでアヤカとサトを連れて出る時には誰かに同行してもらうか、騎兵隊から護衛役を呼ぶのだよ」
「なるほど……それにしても昨日のユキ妃殿下は凄かったです! 殿下がこの中でも一番の使い手なのですか?」
「私よりアカネ殿の方が強いと思いますよ」
「え?」
昨日のユキたんの立ち回りはミノリ姫にとっては圧巻だったに違いない。しかしそれよりもアカネさんの方が強いと聞かされて、もはや何が何だか分からないという表情になっていた。
「でもいざという時の判断力では、私はユキ殿には敵いません」
「剣術の試合では五分というところかも知れませんね」
「試合では……というとそれ以外に何かあるということですか?」
「ミノリ殿、そこは秘密なのだ。とは言ってもいずれ分かることになるかも知れん」
「そうですか。ではその日がくるのを楽しみにお待ち致します。ところで陛下」
「うん?」
「昨日のあの子供はどうなったのですか?」
「ああ、そうだった。其方にはまだ教えていなかったな」
実は帰ってこなかった少年の父親は戦で死んだのではなく、捕虜として捕らえられ神殿建設に携わっていたのである。そのことが分かったので早々に彼を父親の許に送っておいたというわけだ。今日中には親子の再会が実現するだろう。
「捕虜には給金は出ないが日々の暮らしに困ることはないからな」
それにあの者たちは決められた場所から出ることは許されないが、それ以外は普通の暮らしと何ら変わることがない。働くべき時間は決まっているし、子供と過ごす余裕も十分にあるはずだ。
「捕虜として捕らえたのに、何故そのような扱いをなされるのですか?」
「あの者たちは自ら望んで戦に出たのではなく、当時の領主に命じられて仕方なくだったのだ。責めるのは可哀想だろう」
「お話を聞いていると、陛下は私が知る父も含めた貴族とは大きく違うように感じます」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「もちろんです。恐ろしく強い軍を率いるタケダの国王と聞いて、最初はどんなに怖い方かと思っておりました。ですが本当は心根のお優しい、領民を重んじる方だったのですね」
気づくと何やらミノリ姫の俺に対する視線が艶めかしい。いや、だめだからね。確かに俺好みの美人ではあるけど、姫を妻にすることは出来ないからね。
「ミノリ殿、陛下に心惹かれたかの?」
「アヤカ!」
「なに、それも不思議はなかろう。特に女はな、最悪を想像していたのに蓋を開けてみたら最高だった、というようなことに弱いのじゃよ」
いわゆるギャップ萌えというやつだって言いたいのか。
「まして陛下はこの国、いや、おそらく全国でも群を抜いた美丈夫じゃろうからな。その見た目だけでも十分に女子を惹き付ける」
これにはミノリ姫も含めた俺以外の全員が頷いていた。
「じゃがミノリ殿、陛下には一つだけ問題があるのじゃ」
何その問題って。どうやらミノリ姫も小首を傾げてアヤカ姫の次の言葉を待つほかないようだ。無論俺もその時は彼女が何を言おうとしているのか、全く見当がつかなかった。




