第十話 共に帝国を見返してやりましょうぞ
「早速だがオガサワラ殿、御身自らがこの城を訪れたということは、マエダからの書状に同意されたと見なしてよいのだな?」
「ではやはりあれはタケダ殿の指示でしたか」
この場にいるのは俺の両隣にウイちゃんとアヤカ姫、それからマツダイラ閣下にオガサワラ国王と二人の従者である。
「やはり、とは?」
「書状にもしタケダ殿の花押があれば、私は迷わず皇帝陛下にこのことを知らせたでしょう」
「面白いことを申されるの」
アヤカ姫がニヤリと笑いながら言う。このあどけなさが残る王族の姫は、どうやらこういう駆け引きが大好きなようだ。
「タケダの王直々の書状となれば、我が王国を蔑ろにしていることに他なりませんからな」
「ほほう。何故そう思われるのか」
「私がその書状を皇帝陛下にお見せすれば、帝国は間違いなく貴国に対し挙兵するでしょう。我が国も兵を出せと求められるは必定」
だがマエダが書いたものとなると大きく意味合いが変わってくると続ける。
「マエダ殿は帝国から貴国に寝返ったばかり。帝国にしてみれば反逆者です。その反逆者が書いた書状を皇帝陛下にお見せしたところで、戦を仕掛ける理由には出来ません」
「つまり皇帝に見せる意味がないとおっしゃるのですわね?」
「左様」
そこで今回、書状がマエダの独断によるものなのか、タケダの総意であるのかを確かめに来たということだった。ところでオガサワラ国王もウイちゃんは苦手のようだ。彼女に話しかけられて冷や汗をかいている。
「確かめた後はどうするつもりだったのだ?」
「此度の貴国に対する帝国の行いには疑問を持っておりましてな。いつ我が国もあのように攻め込まれるかと思うと……」
「つまり我が国の総意であったならば協力してもいいと?」
「はい。ただし条件があります」
「聞こう」
「まずは我が国の安堵と安全の保証」
彼は続けた。事が成就してタケダと同盟を結べば、シナノは帝国に反旗を翻すことになる。それはマエダのような領主が主替えをするのとは訳が違うのだ。帝国はすぐにでもシナノに攻め込んでくるだろう。
「我が軍の庇護を求める、ということだな?」
「貴国がシバタ軍七万やムライ公爵軍八千を、わずかな損害で蹴散らしたことは帝国内にも広く知れ渡っております。もちろん我が国にも。しかし残念ながらシナノには帝国に抗う兵力はないのですよ」
まあ属国であれば、それぞれの国が帝国に敵う兵力を持ち合わせているとは思えない。
「条件はそれだけか?」
「いえ、もう一つ」
「申すがよい」
「我が娘の一人を娶って頂きたい」
「は?」
それはいわゆる政略結婚というやつだよね。娘を差し出して忠誠を誓うとか、嫁の父親に戦を仕掛けることがないようにとかいうのは分かる。しかし俺は今いる六人だけで十分、というか手一杯だ。それに愛してもいない女性を妻にするなんてことは俺の主義に反する。
「すまぬがオガサワラ殿、その申し出は受けられない」
「何故ですか?」
「余が妻とするは愛した女子のみだ。そのようなことをせずとも同盟を結んだとなれば、我が国がシナノに攻め込むことはないし、裏切るようなこともない」
「なんと! タケダ殿は六人おられる奥方全てを愛しておられると申されるのか」
「無論だ」
俺の言葉に、ウイちゃんもアヤカ姫も頬を赤らめて嬉しそうにしていた。その様子を見たオガサワラ国王は思慮顔になる。
「分かりました。では嫁入りの件は諦めると致しましょう。ですが娶らずとも娘を王城に置いて頂くことは叶いませぬか?」
「ただ城に置けと申すか?」
「はい。お言葉を疑うわけではありませんが、やはりこちらとしてもその方が安心出来ますので」
「オガサワラ殿がこうまで申されておるのじゃ。よいのではないか?」
アヤカ姫が真面目な表情でそう言った。それに対してウイちゃんも肯いている。
「他の四人には私からお話ししておきますわ」
「しかしただ城に置くと言っても、退屈ではないのか?」
「あら、陛下には色々とご趣味がおありではありませんか。城下を見回るとか」
「そうじゃな。あれはなかなか楽しいぞ」
「タケダ殿は御自ら城下を見回られるのですか?」
「うん? ああ、まあそういうこともある」
「しょっちゅうですのよ」
「ウイ、余計なことを申すでない」
オガサワラ国王は俺が城下を徘徊することに驚いた様子を隠せないでいた。その上身分を隠してあちこち行くと聞いて、更に目を丸くしている。
「護衛も付けずに奥方と、ですか?」
「時には護衛も付くがな、このアヤカともう一人、サト以外は最も信頼出来る余の護衛なのだよ。ウイの幻術はオガサワラ殿も目にしたであろう?」
「な、なるほど……」
再びウイちゃんに微笑みかけられ、彼はまたもや額に冷や汗を浮かべていた。
「よし、相分かった。余はまだこの地に逗留を続けるつもりだ。間に合うなら姫を寄越すがよかろう。ただしくれぐれも姫に無理強いはするなよ」
「これで私も心置きなく作戦に参加出来る。共に帝国を見返してやりましょうぞ」
シナノ王国国王、オガサワラ・トキナガは満足そうに胸を張った。後は今後について細かい打ち合わせとなる。俺は今から皇帝キノシタが歯軋りしながら悔しがる姿を想像して、胸がすくような思いだった。




