第七話 俺悪くないよね
「実は……神殿に供えるべき果実酒を一本、飲んでしまいました」
「な、何だと!」
一見すると大したことではないように思えるがそれは笑えないぞ。用意した果実酒はアザイの王が好物としている特急品なのだ。しかも限られた量しか手に入らない大変貴重なものでもある。そんなものを一本空けてしまったとなると、義父が何と言って怒り出すか。
「も、申し訳ございません!」
「あれは絶対に手を付けてはならぬと申し伝えてあったはずだが?」
「は、はい……」
これは事と次第によっては俺の命令に反したとして、彼女を反逆罪に処さなければならない可能性もある。だが以前のこともあり、そう易々と俺の言い付けを破るとも思えない。理由があるなら聞いておかなければならないだろう。
「本来ならばお前は反逆罪だ」
「ひいっ!」
「だが余にも慈悲はあると言った。よって仔細があるなら申せ」
「あ、あの……実は……」
「婿殿、その娘をあまり責めるな」
「ち、義父上?」
そこに突然現れたのはアザイ王本人だった。
「あ、あれ? 陛下のお義父君が何故ここに……? また幻術をお使いですか?」
「う? う、うむ。まあそんなところだ」
「義父上、よいのですか?」
「婿殿、ちょっと耳を貸せ」
「は、はい?」
ボソボソと小さな声ではあったが、アザイ王が俺に伝えた内容に呆れずにはいられなかった。義父は建設途中の神殿の蔵を見回っていたコノミの意識を混濁させ、催眠術のように操ったのだという。そしてちょうど近くに収められていた果実酒を彼女に飲ませたらしい。
「義父上、それは真にございますか?」
「う、うむ」
アザイ王はまさかコノミが自分から果実酒を飲んだことを白状するとは思っていなかったのだろう。彼女がどれだけ怖い思いをしたと思っているのか。しかし何故義父が大切な果実酒をそんなことまでして彼女に飲ませたのかが疑問だ。ともあれこれで彼女は無罪になるというわけである。
「あ、あの、陛下?」
「此度のことはこの義父上が原因だ。其方は幻術にかかり自らの意思に関係なく栓を抜いた。今一度問うが其方、栓を抜いた時の記憶はあるか?」
「い、いえ。気付いたら横に空瓶が転がっていて、私はひどく酔っぱらっていたものですから……時折体がもぞもぞしたような覚えはございますが……」
「もぞもぞ?」
まさかね、そんなことないよね。そう思ってアザイ王の方に目を向けると、義父はばつが悪そうに顔を逸らした。
「まさか義父上!」
「な、なに。ちょっと乳や尻を、その……な」
な、じゃないよ。変態かよ、全く。酔った女性にイタズラするなんて、アザイ王には誇りというものがないのか。
「義父上、いくら王族でもやっていいことと悪いことがございますぞ」
「う、うむ。正直に話したのだから婿殿、余にも慈悲をもって、このことはウイには伏せておいてはくれまいか」
「陛下、私はどうなるのでしょう?」
俺とアザイ王のヒソヒソ話はコノミには聞こえていない。そのせいで彼女は不安そうに聞いてきたのである。
「コノミよ、このことは他言してはならぬ」
「は、はい!」
「ならば此度の件は不問といたす」
「え? あ、ありがとうございます!」
「うむ。ひとまず下がってよい。実は其方に頼み事があったのだがな、今はそれより大事なことが出来た。改めて呼ぶから、それまで自室にて待っておれ」
「陛下が私に頼み事……御意!」
コノミは罪を不問とされたことで晴れやかな表情となり、俺の言い付け通り一礼してその場を辞した。
「此度のことはお望み通りウイには申しませんが、二度とこのようなことはなされませぬように」
「何を言わないとおっしゃるのですか?」
「う、ウイ?」
「ウイちゃん?」
そこに現れたのは紛れもないアザイ王の娘、つまり俺の第五夫人であるウイちゃんだった。相変わらず俺にとってはきれいな顔立ちだが、その表情は背筋が凍るほど冷ややかである。
「父上、私に隠しおおせるとでもお思いだったのですか?」
「い、いや、それはだな……」
「父上が若くて可愛らしい女性がお好きなのは存じております。ですが今回のことはアザイ家の恥と言えるものですわよ」
「婿殿、ほれ、何とか言え」
「父上!」
「は、はひっ!」
「次にこのようなことをなさいましたら、神殿ではなく山頂の祠にお入り頂きます。あの果実酒も没収です」
「なっ! そ、それだけは勘弁してくれ」
「山頂の祠?」
ウイちゃんの話では金鉱石が眠る山の頂上に、腐りかけた古い祠があるのだという。誰も行かないから手入れもされておらず、動物などの低級霊が徘徊しているそうだ。それにしても果実酒まで没収してしまうとは。あんなものウイちゃんは何に使おうというのだろう。
「では、二度とアザイ家の恥をさらすような真似はなさいませんように」
「う、うむ」
言うとアザイ王はさっさと消えてしまった。戦では敵なしと言っていいのに、娘には弱いんだと思ったら笑えてくるよ。さて、俺も改めてコノミを呼んで頼み事を済ませるとするか。
「ヒコザ様、何を終わったおつもりでいらっしゃるのですか?」
「は?」
「父上に乗せられて私に内緒になさろうと思っておいででしたわよね?」
「え? それ俺が怒られるの?」
理不尽だよ。
「夫婦の、特に私との間に隠し事をなさろうとすることがどういうことか、この際ですから教えて差し上げますわ」
「い、いや、ちょっと待った。俺悪くないよね、ちっとも悪くないよね」
この後俺は風呂に連れていかれ、予定外の洗いっこをウイちゃんが心ゆくまで付き合わされたのだった。




