第七話 貴族様しか乗れない馬車ですよ!
「そうか、エンザンから遣いが戻ったか」
キヘイジの許に向かう少し前、俺は数日前に命じたエンザンへの遣いの報告を聞くことにした。
「まずはご依頼の件、いつでも喜んでとのことにございます」
「うむ」
「それと野菜の方は運搬さえ何とかなれば、そこそこの量は納品出来るとあります」
俺が遣いを送ったのはツネの集落である。王国の直轄地になったとは言え、警備の者以外の住民が増えたわけではない。それに女ばかりの集落だから、重たい野菜をこの城下まで運ぶのはさすがに無理があるだろう。ツネの返答はもっともなものである。
「運搬には荷馬車を使えばいい。無理なく納品出来る量から馬車が何台必要か割り出すのだ」
「かしこまりました」
これでツネの集落には王国から定期的に代金が支払われることになる。運搬のコストを考えると卸価格は多少高くなるかも知れないが、あの一膳飯屋であれば十分に採算が取れると思う。
そして俺はウイちゃんと共にキヘイジの長屋に向かったのである。
「キヘイジ、久しいな。モモコの様子はどうだ?」
「はい、診療所に入れて頂いてからというもの、大変顔色もよくなりました」
「それはよかった」
とは言うものの、労咳が治ったというわけではないだろう。そこで俺は彼に、一つの提案を持ちかけた。
「なあキヘイジ、今のままではモモコの病気は治らない」
「はい、ですが私には高い薬を用意してやることは……」
キヘイジは肩を落として力なく言う。
「分かっている。それでだ、父娘で移住する気はないか?」
「移住、ですか?」
「うむ。エンザンに知り合いがいてな、お前たちさえよければいつでも来てくれとの返事を取り付けてある」
「コムロ様のお知り合い……」
「不満か?」
「め、滅相もない。ただ、どうしてそこまで私たち父娘のことを気にかけて下さるのかと。貴族様にとっては取るに足らない貧しい平民なのに」
その取るに足らない貧しい平民たちがこの王国を支えてくれているのだ。だから俺にとって領民は、一人一人が十分取るに足る存在なのである。
「お前と知り合ったのも何かの縁だからな。それに向こうは向こうでお前に来てもらう価値もあるのだよ」
「私が行く価値、ですか?」
この一言に彼は興味を持ったように顔を上げた。
「うむ。そこは男が四人しかいない女ばかりの集落でな。ただの一人でも男手が欲しいのだそうだ。無論王国の直轄地だから警備兵はいるが、彼らに畑仕事をさせるわけにはいかないだろう?」
「なるほど、そういうことなら私は望まれているということですね?」
「そうだ。それにエンザンは城下より空気がいい。しかもその集落で採れる野菜は味が濃いのだ。モモコの労咳にもいいと思うぞ」
移住は互いに願ったり叶ったりというわけだ。集落には父娘がすぐに住める家もあるとのことだし、移動には馬車を使えばモモコへの負担もそれほどかからないだろう。野菜を受け取りに行く荷馬車なら、多少乗り心地は悪くてもキヘイジに気を遣わせなくて済む。
「分かりました。モモコに聞いて、あの子がいいと言えばそのお話、ありがたく受けさせて頂きたいと思います」
「どうだ、この足で診療所に行ってみないか? 多少でも元気になったのなら俺もモモコに会ってみたいしな」
「そうですわね、私もお会いしたいです」
ウイちゃんの賛同もあり、そういうことならとキヘイジも了承したので、俺たちは早速診療所に向かうこととなった。モモコが承知すれば、すぐにでも父娘をエンザンに向かわせるつもりだ。そしておそらく、父親思いの彼女がこの話を断ることはないだろう。
「エンザンですか?」
「そうだ」
「申し訳ありません。そこがどこなのか知らないもので」
病室のモモコは確かに最初に会った時と比べると、ずい分と顔色もよくなっているように見えた。これならエンザンへの旅も問題ないと思われる。
「ここから馬車に乗って二日か三日の距離だ。旧帝国領だが、今はタケダ領となっている」
「ば、馬車! そんなものに乗る金なんか……」
「案ずるな。ちょうど向こうに向かう馬車がある。荷馬車だが家財道具も運べるし、一石二鳥だろう? もちろん金を払う必要はない」
恐縮しまくりのキヘイジだったが、対する娘のモモコはそうではなかった。何やら表情が上気しているように見える。
「馬車! 馬車の旅なんて夢物語だと思ってました!」
「何だ、モモコは馬車に乗るのが楽しみなのか?」
「だって馬車ですよ! 貴族様しか乗れない馬車ですよ!」
確かに馬車に乗りたいと思ったらそこそこの金が必要だからね。決して無理ではないにしても、裕福ではない平民は利用することもないだろう。
「それでは出立は三日後ということでどうだ? その間にキヘイジは引っ越しの準備をしておけ。モモコは診療所の者に支度させればいい」
「何から何までコムロ様には……」
そう言って深く頭を下げるキヘイジ父娘を見て、俺は非常に満足だった。
しかしその三日後、二人が予定通り旅立つことは叶わなかったのである。




