第十六話 エンザンに遣いを出してくれないか?
「我の伴は出来ぬと申すでおじゃるか!」
タケダへの伴を命じたムライ公爵は、すげなくマエダ・トシマサに断られて憤慨していた。
「申し訳ございません。皇帝陛下からこの地を護ることを命じられているのです。その私がここを離れるわけには参りませんので」
下品でいけ好かない男でも、安心して自分の護衛を任せられるのは目の前のマエダしかいない。しかし事もあろうにその彼が自分の命令を断ってきたのである。しかも皇帝の命だと言われてしまっては、これ以上食い下がることもままならない。
一方のマエダは、こんな気持ちの悪い男と何日も共に過ごすなど、考えるだけでも鳥肌が立つほどだった。だから言い訳に使った皇帝の命令というのも、決して嘘ではないが方便のようなものだったのである。
「タケダは今のところ何かを仕掛けてくるような動きはありません。ですから通常の護衛体制でも問題ないと存じます」
そんなことは百も承知だった。これまでだって一度もタケダの方から攻めてきたことなどないのである。しかも開国までした相手に裏切られた代償として求めてきたのが、ただ一つの領地だった。そしてわざわざその地を訪れて領民に益をもたらしたというではないか。お陰で帝国内でのタケダの評価は上がる一方である。代替わりした今の国王が愚かでないとしたら、もっとも警戒しなければならない種類の者ということだ。
「ではどうあっても護衛は出来かねると申すのでおじゃるな?」
「皇帝陛下の命には逆らえませんので」
それから間もなく、ムライ公爵はマエダの城を後にすることになる。この時の護衛はわずか六人。しかし彼はこの六人さえ、全く信用していないのであった。
「早馬の報せでは、キノシタ帝国のムライ公爵が領内に入ったそうにございます」
公爵がこの城にやってくると聞いてからちょうど七日目のことだった。天候が荒れでもしない限り、一日くらいはタケダ領を見物する時間も出来るだろう。あまり長居されるのは好まないが、少しくらいならここがどんな国か見せてやってもいい。そう思ったからこその余裕を持った日程だった。しかしムライ公爵はよほど運がないと見えて、翌日は十メートル先の視界が霞むほどの大雨となっていたのである。
「これでは今日中の到着は不可能だろうな」
「迎えの馬車を出しますか?」
「その必要はない。向こうが勝手にやってくるのだ。明日もこの雨が続き、謁見の刻限に間に合わなければ追い返せ」
「よ、よろしいのですか?」
「なぜ他国の公爵ごときに国王が気を遣わねばならん? 余はそれほど暇ではないのだ」
「確かに仰せの通りではございますが……」
「そんなことよりダザイを殺した犯人はまだ目星が付かぬのか?」
他国の公爵より自国の伯爵である。
「はい、申し訳ございません」
「カキノ屋とか申す卸問屋の仔細は?」
「そちらは目下モモチ殿が探索中ですので、間もなく分かることと存じます」
モモチさんは本当に頼りになる人だ。あの人は特別扱いを好まないけど、そのうち爵位くらいはあげてもいいかも知れない。爵位があるのとないのでは言葉の影響力に雲泥の差があるからね。
「ダザイ家の者たちの様子はどうなっている?」
「先日遺体の検分も終わったので家族に返しました。使用人たちは七七日までは身を留め、その後はダザイ家を去るようにございます」
七七日とは四十九日のことである。しかし彼らがそれまで留まったとしても、おそらく給金が支払われることはないだろう。他の者も同じだと思うが、キヘイジの生活はますます苦しくなる一方である。モモコの薬にまで手が回らなくなるのではないかと心配だ。
「検分の結果は?」
「陛下の申された通り、あれは自害に見せかけた他殺だろうとのことにございました」
「そうか。ならばひとまずキヘイジの娘、モモコを診療所で預かってやれ」
「陛下、お気持ちは分かりますが労咳を患っている者はその娘だけではございません。モモコとかいう娘のみを優遇するのはいかがなものかと……」
「父親が仕える主を殺した犯人を未だ捕らえられず、またその主の窮地も法では救ってやれなかった。王国の不手際は事実だ。これらの罪滅ぼしという理由でよいのではないか?」
「陛下は言い出したら聞いて頂けませんしな」
そう言ってツッチーは笑った。実は彼はダザイ伯爵が卸問屋カキノ屋に騙されたことを訴え出てきた時、その場にいなかったのを痛く後悔していたのである。自分がいたら、そのようにすげなく追い返すこともなかっただろうと言っていた。だからこそ俺の言い分にもまともに反論せず、むしろ賛成という態度を見せたのだろう。
「では娘の件は私の方で取り計らっておきましょう。名目は陛下の温情ということでよろしいですか?」
「いや、コムロ・ヒコザの口利きということにしておいてくれ」
「御意」
「ああそれと、エンザンに遣いを出してくれないか?」
「エンザンに、でございますか?」
「うむ。内容はな……」
遣いの用向きをツッチーに伝えると、彼はなるほどとばかりに肯いていた。それから二日後、遣いを乗せた馬車がエンザンに旅立っていく。無論ムライ公爵を迎えに行くものではない。そのムライ公爵だが、ついぞ約束の刻限に現れることはなかった。




