第十三話 医者に診せる余裕なんてないんですよ
更新したつもりがしてませんでした。
すみません(>o<)
長屋に足を踏み入れた俺は、まずその広さに驚かされた。奥に十畳ほどの広い部屋が一つ。ここには少女が休んでいたであろう布団が敷かれていた。そしてその枕元には仏壇が一基、位牌の戒名には最後に女の一文字が見えたので、おそらくは母親か祖母のものであろう。
入り口から入ってすぐの部屋には丸い卓が一つ。ここで食事などを摂っていたと思われる。後は食器が置かれている小さめの棚と、もう一つの部屋には衣装箪笥と思われる少し大きめの物が一棹があるだけだ。よく整頓されている上に家財道具が少ないせいで、より広く感じられたのかも知れない。
「申し訳ありません」
「お気になさらないで」
奥の布団に少女を横たわらせたウイちゃんは、苦しそうに喘ぐ彼女に掛け布団をかけながら優しく微笑んでいた。こうして見ているととても幽霊とは思えないから不思議である。
「かかりつけの医者は?」
「お医者様にはかかっておりません。父が薬を買ってきて下さるので」
始めはただの風邪だと思われたので医者にはかからなかったそうだ。ところがそれがあまりにも長引いたため、町医者に見せて初めて労咳と分かったらしい。しかし診療代が殊の外高く、加えて処方された薬も驚くほどの金額だったため、それ以来医者には行っていないということだった。
「娘、名を何という?」
「モモコと申します」
「ではモモコ、二親はどうした?」
「母は三年前に身罷りました。父は仕事で出かけております」
「他に兄弟などはいないのですか?」
「はい。私一人です」
父親の名はキヘイジといい、ここから十町近くの距離にあるダザイ・ショウノスケ伯爵の邸に奉公に行っているらしい。十町とは約一キロ強、歩けば十五分ほどである。
「では父君を呼んできてやろう」
「お待ち下さい!」
立ち上がろうとした俺とウイちゃんを、モモコは慌てたように半身を起こして呼び止めた。
「どうした?」
「そんなことをしたら、私が父に叱られます」
「お前の父君は娘のことよりも仕事の方が大事だと言うのか?」
「そうではありません、その逆です」
彼女は首を左右に振って俺の問いを否定する。ウイちゃんはそんな彼女を再び布団に横たわらせた。
「逆?」
「起きて水汲みをしたことが知れてしまいます」
なるほど、そういうことか。おそらく父であるキヘイジは、娘に安静にしているように言いつけてあるのだろう。その言いつけに背けば叱られるということだ。
「しかしそうまでして何故水汲みを?」
「体を……拭きたかったのです……」
熱があれば汗をかくのは仕方のないことである。そのまま寝ていては余計に病状が悪化することも考えられるので、確かに体を拭うのは必要かも知れない。
「それならウイ、俺は外に出ているから頼めるか?」
「外になど出られずとも、この襖を閉めれば問題ございませんわ」
そう言うとウイちゃんは汲んできた水で手ぬぐいを絞ってさっさと襖を閉める。それからすぐに衣擦れの音が聞こえ始め、しばらく待っていると再び襖が開かれた。その向こうではモモコは静かに寝息を立てている。
「寝ちゃったの?」
「はい。少し熱を吸い取って差し上げたら、だいぶ楽になったようです」
「ウイちゃん、そんなことも出来るんだ」
「病気を治すことまでは出来ませんが、その程度なら容易いことですわ」
得意げに胸を張るウイちゃんが何か可愛い。ところでこの状況はどうしたものか。モモコが眠っていては俺たちが出ていった後、鍵を閉めることが出来ない。かと言ってせっかく眠った彼女を起こすのも可哀想である。
「ご心配には及びません。間もなくキヘイジさんが帰ってきますから」
「え? そうなの?」
「はい。アザイの者に知らせに行かせましたので」
ウイちゃんはアザイの兵士に命じてキヘイジに娘が倒れたことを知らせたらしい。彼の雇い主であるダザイ伯爵もモモコのことは知っていて、それならばとすぐに帰ることを許してくれたそうだ。
「ここで少し待つとしようか」
「はい」
そんなことを話しているうちに家の戸が開いて、キヘイジと思われる男が帰ってきた。歩いても十五分程度の距離だ。まして娘が心配なら走ってきたことだろう。彼は息を切らしながらも大慌てで家に駆け込んできた。
「慌てるな。今眠ったところだ」
「へ? あ、あの、貴方様は一体……?」
キヘイジは始め俺を物凄い形相で睨みつけてきたが、腰に差している刀を見て貴族と分かったのだろう。訝しみながらも眠っている娘を見てからそう尋ねてきた。
「私たちは通りすがりですわ。ふらふらしていたモモコさんを見つけてここに運んで参りましたの」
「そ、そうでしたか。娘が世話になりまして」
「ところでキヘイジだったな。何故モモコを医者に診せないのだ?」
「ご存じでしょう? 労咳は医者に診せても治らないんですよ」
「かと言って安い薬では気休めにしかならないだろう?」
実際問題として労咳の薬は高い。しかしそれを安く売る薬問屋がある。というのも完治が見込めない病のため、成分を薄めて売っているからなのだ。無論違法ではあるが、貧しい領民にとってはそれでもありがたい物だった。
「あの子には悪いが医者に診せる余裕なんてないんですよ。まして高い薬になんて手が出るはずがありません」
キヘイジの三年前に亡くなった妻も労咳で命を落としたらしい。
「本当なら空気のいいところに行ってゆっくり養生させてやりたいんです。しかし貧乏人にはそれは無理だ。見たでしょう? この家の家財道具もほとんど売り払って、今じゃこの有様ですよ」
その上さらにキヘイジが語ったのは、この親子の行く末が真っ暗としか思えない事実だった。




