第十一話 あの者を供と致すか
おチカの話によると、雑用係にはいわゆる残業手当てというものが一切出ないらしい。要するに一日何時間働いても、手にする日当は同額だというのだ。しかも、遅刻や早退した場合にはその分が手当てから引かれてしまう。これは理不尽ではないかというのだが、俺もその意見はもっともだと思う。
「ツチミカド、これは誠のことか?」
「はい。ですが日々の仕事はその日のうちに終えるのが決まりとなっておりますので、終わらなければ居残るのは致し方ないかと」
確かにツッチーの言うことはある意味正しい。しかしそれは本来ならば時間内に片付けられるはずの仕事を、本人の能力が足らなくて終わらなかった場合に限るのではないだろうか。
「ならば問おう。一部には自分の仕事を雑用係に押し付けて、自分はのうのうと時間になれば帰ってしまう者がいるそうだ。これについてはどのように考えているのだ?」
「何と! それは誠にございますか?」
「それを調べるのは誰の仕事だ!」
「も、申し訳ございません」
「先ほど其方はこの者たちに不満はないはずだと申したな?」
「はい。私めが至らぬばかりに……」
「チカ、聞いた通りだ。この件はしばらく余に預からせてはくれぬか?」
俺とツッチーのやり取りで完全に震え上がってしまった三人は、チカが黙って肯くのを見て同様に首を縦に振るばかりだった。
「お前たちにはすまぬことをしたな」
「そ、そんな陛下! 勿体のうございます」
「せっかくの料理の味もあまり分からなかったのではありませんか?」
ユキたんが俺の後を引き取ってくれた。
「い、いえ。とても美味しかったです」
おチカはそう応えたが、他の二人はおそらく緊張で味を楽しむどころではなかっただろう。
「どうじゃろう陛下、この三人に陛下の好きなあの賄い料理を食べさせてやっては」
アヤカ姫の言う賄い料理とは、豚肉の細切りと長ネギ、それにキクラゲのようなコリコリしたキノコを卵に絡め、オイスターソースに似た味付けで炒めたものである。最初の会食会で出された料理だ。
「陛下のお好きな料理……」
「おチカちゃん、はしたないってば!」
チカが俺の好きな料理と聞いて少々だらしない表情になったのを、傍らのヨシエが脇腹を突いて窘める。しかし当のチカは全く意に介さないようだ。
「どうだ、食してみたいと思うか?」
「それはもう! 陛下がお好きだということは絶対に美味しいはずですもん!」
「お、おチカちゃん、言葉遣い!」
今度はマキの出番だ。
「よいよい。ヨシエとマキはどうする?」
「あ、あの、頂けるのなら是非……」
「相分かった。明日の昼は食堂で三人で食すがよかろう」
その後ツッチーを通じてクリヤマ料理長にその件を伝えたところ、三人分作るのも十人分作るのも手間は変わらないということで、俺たちの昼食も同じ物が出されることになった。もちろん食べる場所は三人とは違うけどね。
それから会食会を終えた俺はアヤカ姫と共に執務室に戻り、再びツッチーを呼んで雑用係の待遇について話し合うことにした。
「仕事を手伝わせるというのならよい。だが押し付けてさっさと帰ってしまうのは問題だな」
「御意にございます。早急に調べて解雇致しましょう」
「いや、待て。その者にも生活があろう。解雇はせんでよいが、雑用係に落とすのはどうだ?」
「なるほど。さすれば他にもそのような姑息な行いを成す者への抑止となりますな」
「だがまずは布令だ。いきなり職位を下げては遺恨を残すだろう。城内の全職員に対し、余の名で今後はそのようにすると通達を出しておけ」
「かしこまりましてございます」
「それから例のあの三人だが、余の命としてトクラ荘へ遊山に行かせろ。当然職務だからな。給金支給の上、いかばかりかの小遣いも与えてやれ」
これにはツッチーは勿論のこと、アヤカ姫も驚いた顔をしていた。
「陛下、お言葉ではございますが、それはさすがに行き過ぎかと……」
「ツチミカド、これは其方の失態に対する罪滅ぼしと心得よ。余に偽りを言上した罪、本来であれば極刑なのだぞ」
「で、では……」
「頑張っていればいいこともある。余はそれを皆に知らしめたいのだ」
こうしておチカたち三人が喜び勇んでエンザンのトクラ荘に向かうのだが、それはもう少し先の話である。だがこれを機に雑用係の者たちの待遇も格段とよくなり、残業手当ては完全支給されることとなった。
「十日後に来い、でおじゃるか」
ムライ・キチベエ公爵はイサワの地に築かれた砦に身を置き、湧き出る温泉に浸かりながら報告を聞いていた。この湯は砦を護る兵士たちにも使用を許されていない特別なもので、入れるのは伯爵以上の爵位にある者と、洗い子と呼ばれる女のみである。
「ムライ卿は洗い子はご所望なさらないのですか?」
「この高貴なる体を洗い子などに触られたくはないのでのう。それに……」
「それに?」
「下賎の女子にくれてやる子種などおじゃらん」
奴隷身分の中でも特に容姿が優れている者が洗い子として選ばれる。そして彼女たちは求められればその身を捧げる奉仕をしなければならないのだ。
「さ、左様で……この書状が認められたのが三日前。ということは本日より七日後になりますが」
「しかしあと四日はタケダに入れん。小憎らしいことをしてくれるでおじゃる」
ゆっくりタケダの領内を見物して回る目論見が外れ、公爵は不機嫌さを隠そうとはしたなかった。
「マエダにつなぎをつけておくのじゃ。三日後に城に参る」
「かしこまりました」
ムライは正直なところ彼から見て下品なマエダ・トシマサという男が好きではなかった。しかし護衛としてはあの猛将ほど頼りになる者もいない。
「仕方ないでおじゃるな。あの者を供と致すか」
その後もしばらく湯に浸かっていた彼は、隅に控えていた洗い子が渡そうとした手拭いを払い除け、湯殿を後にしたのだった。




