第三話 誰が抱いたら泣くとおっしゃいますの?
その日トクラ荘一帯は黒山の人だかりとなっていた。というのも国王である俺が逗留していることが街中に知れ渡り、一目見ようという者や直接現在の窮状を訴えようという者が押し寄せてきたからである。中には献上品を携えてやってきた者もいるようだ。人の口に戸は立てられないとは言うが、これではゆっくり温泉に浸かるどころではなくなってしまったよ。全く、誰だバラしたのは。
「誠に申し訳ございません!」
俺の前で土下座しながらミナヨとミナヨの姉妹、それに母親である女将が可哀想なほどに縮こまって詫びていた。今はもう雇われの身となったとはいえ、旅館経営はこの女将に任されている。つまり責任者ということだ。
「誰が外に漏らしたのか、早々に調べて連れてこい!」
「ツチミカド、そういきり立つな」
「ですが陛下……」
珍しく怒りを露わにして彼女らを怒鳴りつけたツッチーを制して、俺は皆に顔を上げるように言った。最初に騒ぎ立てた例の貴族二人は外には出ていないから今回の犯人ではないと言える。
「大方従業員の誰かがうっかり話をしたのが広まってしまったといったところだろう。犯人探しもいいが、これ以上問い質すとその者の首を刎ねなければならなくなる」
戦争のせいで疲弊している街にあって、俺がそんな無慈悲を働いてしまっては傷口に塩を塗るようなものだ。それに新たな領地となった土地の者たちの声を直に聞けるいい機会でもある。
「女将、ミナヨ、犯人探しはせんでよい。それより頼みたいことがある」
「な、何でございましょう」
「予定では明日にはここを発つことになっていたが、少々期間を延ばすことになりそうだ。そのつもりでいてくれ」
「御意にございます! もちろんお代は結構で……」
「いや、宿代は延長した分も支払うから心配するな。それよりも今の状況を鎮めねばならぬ」
このままではいつまで経っても埒が明かない。一度は集まった者たちの前に姿を見せなければならないだろう。
「まず集まった者たちに門より五間下がれと伝えろ。余が出る。ユキ、アカネ、スズネ、済まぬが護衛を頼む」
「はい!」
「陛下、危険です!」
相変わらず一度は反対しないと気が済まないツッチーが窘めてきた。ちなみに五間とは約十メートル弱である。
「分かってはいるが隠れてばかりいるわけにもいかんだろう」
「不埒者がいても私が見逃すことはございませんわ」
ウイちゃんの強力な援護射撃には、さすがのツッチーも返す言葉がないようだ。いつものことではあるが、これで渋々了承してくれた。そのうち一度くらいは言うことを聞いて引き下がることにしよう。
「女将、ここを監視している衛兵は余のことに気づいている。彼らにも協力してもらうといい。準備が出来たら出ていこう」
それからしばらくして俺の言った通り押し寄せていた領民は、女将や衛兵に大人しく従って門を中心に半円形に下がっていた。見るとやはり女子供ばかりで男性の姿はほとんどない。そこへ俺が姿を現すと、途端に大歓声が起こった。これはかなり気分がいいぞ。
「此度はよく集まってくれた。余がタケダ王国国王、タケダ・イチノジョウである!」
この宣言で門前の興奮は最高潮に達していた。自分で言うのも何だが、俺の容姿はこちらでは相当のイケメンなのだ。それが手を伸ばせば届きそうな距離に現れた。民衆が興奮しないわけはない。
「まずは戦で命を落とした者たちには哀悼の意を表す」
もっともここに集まっている中で男手を失った者は少ないだろう。おそらくは初めから戦など望んでいなかったか、前の領主であるシバタの領地運営に不満を募らせていたに違いない。
「皆の者よく聞け。余は望む者全てと話をしたい。だがそれが不可能であることは誰でも分かるだろう」
「やはり身分の低い私たちでは駄目だということですか?」
そこで最前列にいた一人の女性が声を上げた。小さな女の子を抱えた彼女は、着ている物も粗末で苦しい生活ぶりが窺える。
「こらっ! 国王陛下の御前であるぞ!」
「よい」
突然の衛兵の大声に、彼女が抱いていた女の子が泣き出してしまう。俺はその衛兵を片手を挙げて制し、彼女の前に歩み出て子供を受け取った。女性はあまりのことに青ざめ、周囲も固唾を飲んで成り行きを見守る。
「国王陛下! お、お許し下さい! その子だけは、その子だけは!」
「案ずるな。余も間もなく人の親となる身だ」
母親や皆が思っているのは、泣いてしまった女の子を俺が手討ちにするのではないかといったところだろう。無論そんなことをするつもりは毛頭ない。そしてしばらくあやしていると、女の子は次第に泣きやんで俺の顔に手を伸ばしてきた。
「愛いやつめ」
俺が笑いながら女の子のしたいようにさせていると、見ていた者たち全員が安堵のため息を漏らしているのが分かった。
「陛下だけずるいです。私にも抱かせて下さい」
「ご主人さま陛下、私にも!」
「私も抱きたいです!」
そんな様子にユキたん、アカネさん、スズネさんが小走りに近寄ってきた。ウイちゃんだけは警戒のために姿を消しているが、逆にその方がよかったかも知れない。彼女に抱かれたら女の子が再び泣き出してしまうに決まっているからだ。
「余はしばらくこのトクラ荘に逗留する。一人一人の話を聞くことは出来ぬが、代表者を立てて意見や聞きたいことをまとめて参れ。よいな?」
「はい!」
女の子をユキたんに預けた後、俺は集まった領民たちにそう伝えて門の中に戻った。しばらく門前は興奮状態にあったようだが、後で聞いた話では半刻もしないうちに皆それぞれの家に帰ったそうだ。ひとまずはこれで安心だろう。
「誰が抱いたら泣くとおっしゃいますの?」
そう思っていた矢先、俺は背筋に冷たいものを感じたのだった。




