第十四話 余の機嫌などどうでもよいわ!
袈裟懸けに斬り込んだコノミの刀は、確かに豪華な鎧を打ち砕いたはずだった。しかし――
「は……はれ?」
くるはずの衝撃がこなかったせいでコノミはバランスを崩し、そのまま王の体をすり抜けて前のめりに派手に転んでしまう。当然彼女は後ろを振り向いて唖然とし、見ていたトリイ侯爵の顔からも血の気が引いていた。
「どうした小娘、それで終わりか?」
「ま、まさか貴方が、陛下が遣わされた秘策……?」
侯爵は今回の戦いにおいて、必勝の秘策を授けると俺から言われていたのである。もちろんウイちゃんを通じてのことであるが、彼は秘策というのが幽霊兵だとは聞かされていなかった。そしてウイちゃんの正体も知らない。魔法を使って離れた場所とやり取りが出来る、くらいに思っていたはずである。
「トリイ殿、こちらは我が父、アザイ・ナガシゲです」
「王妃殿下? 何故このような場所に……どうやって……?」
「そんなことよりシバタを捕縛、連行なさい。それと我が父に刀を向けたそこのコノミとかいう娘は貴方の臣下ですね?」
「は、はい!」
「ではその者にも縄を。陛下のご裁断を仰がなければなりません」
「お、お待ち下さい、王妃殿下!」
「これ、コノミ! 勝手に口をきいてはならん!」
「ですが侯爵閣下……」
コノミは泣きそうな顔になっていた。まさか自分が捕らえられることになろうとは思ってもみなかったのである。ところがウイちゃんはそんな彼女に発言を許した。
「コノミとやら、私が許します。何か言いたいことがあるのなら申してみなさい」
「は、はい! 私はそこの敵総大将であるシバタ・ゴンロクと立ち合いたいと思っただけです。それを横取りされそうになったのでつい……」
「コノミ! あのお方は王妃殿下のお父君にあらせられるのだぞ! 横取りなどと……」
「トリイ殿は黙っておいでなさい。なるほど、貴方の考えは分かりました。ですがよもや陛下のご命令を忘れていたわけではありませんよね?」
「陛下の……ご命令……はっ!」
「貴方はここで二つの大罪を犯しました。一つは我が父への狼藉、もう一つは陛下のご命令に対する反逆です」
「は、反逆……?」
「明朝には陛下がトリイ殿の城にご到着なされます。きついお裁きが下るものと覚悟してお待ちなさい」
その時コノミの脳裏には、侯爵から聞かされた南西の牢獄のことが浮かんでいた。反逆罪は死罪だが、自分にはその上に王妃殿下の父親に対する狼藉まで上乗せされるのだ。とても楽な死に方などさせてもらえないだろうというのは嫌でも分かる。となればその恐ろしい南西の牢獄に送られる可能性だって十分に考えられるということだ。
「お待ち下さい、王妃殿下! どうかお慈悲を! お慈悲を!」
「決めるのは陛下です。慈悲なら陛下に請いなさい」
こうしてシバタを捕らえたトリイ侯爵の軍勢は、配下だったマシタ・コノミにまで縄を打って城に戻ることとなった。
「じゃ、トリイ侯爵には結局正体を明かさなかったんだ?」
「うやむやにして差し上げましたわ」
侯爵の城に着いた俺はまず戦果についての報告を受け、概ね満足していた。ただし、三百近い兵を失ったことについては残念でならない。家族がいる者には十分な見舞いを、身寄りのない者は懇ろに弔ってやろうと思う。
次にシバタは生け捕りにしたこと、数千の捕虜を得たことを聞き、最後に侯爵側近のマシタ・コノミについて聞かされた。ちなみに今この部屋にいるのは俺とウイちゃんの他、アカネさんとスズネさんである。
「それにしても義父上に斬りかかるとは、命知らずな娘だな」
「そんなに強い人なら刀を交えてみたいです」
「アカネ殿は相変わらずですね」
瞳を輝かせるアカネさんを見て、スズネさんがクスクスと笑っている。
「どうやらその娘は南西の牢獄についてひどく怯えているようですの」
「南西の? 何で?」
「トリイ殿が話したようですわ」
「それは分かったけど、何でその娘が怯えるの?」
「私が少し脅かしましたから」
その時のやり取りを聞いて俺は思わず笑ってしまったよ。反逆と王族への狼藉、確かに罪としてはかなり重いけどね。
「それで、トリイ侯爵は何か言ってた?」
「はい。まだ十九の若い娘なので、何とか命だけは助けてやれないかと」
「そうか。義父上はどのくらい怒ってる?」
「そうですわね、けしからん! と」
「え? それだけ?」
「父上は若くて美しい女子には甘いですから」
なるほど、そういうことか。アザイ王の気性からして無礼をされればすぐにでも手討ちにしそうなものなのに、わざわざ生かして捕らえたのは便宜を図れということなのだろう。
「分かった。それじゃまずはそのマシタ・コノミという子爵から詮議しようか」
ここは城と言っても王城とは違って色んな用途の部屋があるわけではない。そのため俺が訪れた時には城に入ってすぐの広間が謁見などに使われる。そこに玉座を据えて、俺はトリイ侯爵とコノミを控えさせた。
「二名とも、面を上げよ」
まずは跪いて頭を下げている二人の顔を見る。
「トリイ、久しいのう」
「陛下には此度の一件でお手を煩わせてしまいましたこと、誠に申し訳なく思っております」
「うむ。して、その方がマシタ・コノミとか申す娘だな?」
「へ、へへ、陛下にはご機嫌う、麗しきゅ……」
あ、噛んだ。
「余の機嫌などどうでもよいわ!」
ちょっと脅かすつもりで大声を上げた途端、彼女は声を出して泣き始めてしまった。ありゃ、そんなつもりはなかったんだけど。同席していた傍らのウイちゃんを見ると、やっちゃいましたねと言わんばかりの目を向けられた。いやこれ、俺が悪い流れってこと?
「トリイ、これでは詮議が進まぬ。至急に泣き止ませろ」
「ぎょ、御意に!」
それからコノミが泣き止むまで、俺はばつが悪くて仕方がなかった。




