第十一話 第一陣、任務完了!
「シバタ閣下! タケダは昨夜と変わらず、すでに領民たちは寝静まった由にございます!」
「兵の配置は済んでおるな」
「はい、第一陣、すでに丘の上にて待機!」
その夜の空は予測通り雲に覆われて月明かりも射さず、エンザンからタケダ領にかけて深い闇が下りていた。
「よし、かかれ!」
――シバタ軍侵攻開始――
「ところで婿殿、シバタを捕らえた後はどうするつもりなのだ?」
「それなんですが、一旦希望を持たせてから絶望を与えようと考えてます」
「ほほう?」
「もちろん、最後は義父上のお好きなようになさって頂いて構いません」
俺の考えたことを読んで、アザイ王は満足げに何度も頷いた。このタケダの地に土足で踏み入れば、その代償が決して安くないことをシバタはもちろん、オダ帝国にも知らしめる必要がある。それは偏に領民たちを護るためなのだ。
「婿殿、国王としての風格が日に日に増しておるのう。余は嬉しく思うぞ」
「勿体ないお言葉です。義父上」
俺がこうしてこの国を治められるのも、アザイ王や妻たち、それに本当は偽者と知りながら従ってくれるマツダイラ閣下やツッチー、その他多くの人たちのお陰だ。そんな彼らを俺は一人として失いたくはないと思っている。ならば国王という立場の俺は時に鬼にならなければならないのだ。
「第一陣が丘を降ったぞ」
エンザン側の国境まで残り半日ほどの距離にある草原が俺たちの野営地である。そこで城を出た翌日の夜九つになった時、アザイ王がシバタ軍侵攻開始を教えてくれた。
「一つ目の村に足を踏み入れた時が奴らの最期だ。多少は畑が潰れるが、その方が後に続く第二陣と本体に怪しまれずに済むだろう」
「第一陣はおそらく作戦参加に志願した者たちばかり。義父上、手加減は無用ですね」
「その中には先日婿殿が城に召し抱えたミナヨとか申す者の父親もおるようだ」
「トクラ男爵のことですか?」
だからといって手心を加えるわけにはいかない。嫌々参加させられたのならまだしも、侵略の第一歩を自ら踏み出したのだ。情状酌量の余地は皆無なのである。
「婿殿の考えは分かった。では、行ってくるぞ」
「ご武運を」
アザイ王の姿は俺の言葉と共に消えた。これまでオダから何度かちょっかいを受けたことはあるが、この戦争は俺が国王になってから初めてのものである。もちろん今回はこちらの圧倒的な勝利で終わるだろうが、それでも何万という人が死ぬのだ。気分のいいものではない。
「ご主人さま陛下、大丈夫ですか?」
そんな俺の心情を察してか、アカネさんがそっと寄り添ってくれた。スズネさんも反対側から俺を支えるように体を寄せてきてくれる。
「大丈夫、心配ない」
憂鬱になっている場合ではない。俺は彼女たちから香る甘く優しい香りに心を引き締めた。今、この肩には妻たちはもちろん、数え切れないほどのタケダ領民の命がのしかかっているのだ。それでも、今夜だけは彼女たちの温もりの中で眠りたい。俺は二人を抱き寄せると、寝所として用意された大きめの馬車のキャビンに乗り込むのだった。
「うおーっ!」
丘を駈け降りた勢いのまま、シバタ軍の第一陣は国境を越えて一つ目の村に走り込んでいった。そして我先にと家々の戸をこじ開け中に踏み込む。
「こ、これは……?」
ところがどういうわけかどの家ももぬけの殻で、金になりそうな物もほとんど残されていなかったのである。
「隊長、どうされ……ぐぎゃあ!」
そこへ後から来た兵士が突然、首を掻きむしるように苦しみ喘ぎながら倒れ、そして死んだ。それを見た彼の目の前に顔のない兵士が現れ、抗いようのない力で首を絞めてくる。咄嗟に振るった刀は確かに兵士に斬りつけているはずなのにまるで手応えがない。
「な、なんだこれは……!」
何が起こっているのか全く分からないまま、薄れゆく意識の中で彼はあり得ない声を聞いていた。
「第一陣、任務完了!」
倒れた彼の耳に届いていたのは、彼自身の声だったのである。更にその目には、つい先ほどまで自分と同じように多くの報奨を夢見ていた同胞たちの、物言わぬ亡骸が映っていた。
「この僅かな時で全滅……?」
しかし満足に戦うことさえ出来なかった彼の命は、その夢と共に露と消えたのであった。




