第六話 無礼討ちは無抵抗の者の首を刎ねるだけだ
「ヒコザ様、実は彼の地で妙な動きがございましたの」
「妙な動き?」
彼の地とはエンザンのことである。
「はい。国境の先にある小高い丘を隔てたところにオダ軍が集結しているように見えました」
「何だって!」
エンザンは旧タケナカ領の隣だ。あそこはシバタ伯爵が治めている領地だったはずである。芸羅快翔部隊の一部を配置してはいるものの、基本的にはノーマークに近い状態だった。
「ウイちゃん、悪いけどもう一回行ってきてくれるかな」
「はい、どちらへでしょう?」
「トリイ侯爵のところ。現状を伝えて芸羅快翔部隊の配置をエンザン側に切り替えてほしいんだ」
「それには及ばん」
そこに突然アザイ王が現れた。
「ち、義父上?」
「エンザンと言えばあのシバタ・ゴンロクが治める地であったな」
「そうですが……」
「シバタはな、余の首を取った張本人なのだ」
「え!」
「彼奴はその勲功の恩賞としてエンザンを与えられたのだよ」
敵軍の国王を倒したとなれば、それは一国を滅ぼしたことに等しい。その恩賞が敵国との国境の地というのは、更に先を攻めろという皇帝の思惑なのかも知れない。
「シバタの首は余が取る。婿殿、異存はあるまいな」
「もちろんですが、こちらから仕掛けるのは……」
「心配せんでも奴が国境を越えてからが勝負だ」
それならオダから領地を切り取る大義名分が出来る。エンザンは温泉地らしいし、落ち着いたら皆を連れて物見遊山もいいと思う。
「ではお義父上が勝利した暁には、エンザンに神殿を築きましょう」
「なんと、誠か婿殿!」
「はい。城の祭壇だけでは何かと手狭ではないかと思っておりましたし」
「益々漲ってきたぞ!」
何となく紫色のオーラが見えたのは気のせいだと思いたい。
「芸羅快翔部隊の配置はどのように致しましょう」
「あの部隊は婿殿の切り札であろう。温存しておくがよい。シバタごとき、不死となった我らアザイ軍の敵ではないわ」
不死になったんじゃなくて、もう死んじゃってるんだけどね。
「何か申したか?」
「い、いえ、別に……」
「国境付近の領民にはいつでも逃げ出せるように準備をさせておくがよかろう。巻き添えを食らっては哀れだからな」
そうか、戦場となるのはこちらの領地だ。トリイ侯爵にはそのことを伝えておく必要があるだろう。
「ウイちゃん、トリイ侯爵に伝えてきてくれるかな」
「承知致しました」
これで芸羅快翔部隊の秘密が漏れることなく、オダに一泡吹かせることが出来そうだ。しかも開国している相手に攻め込むという愚かしい行いは、兵士や民の忠誠心を削ぐことにも繋がるはずである。うまくすれば有力な貴族を寝返らせることも可能なのだ。シバタという伯爵は猛将だと聞いたことがあるが、頭の方はあまり切れるとは思えなかった。
「この者はミナヨと申す。今回特別に陛下のお許しにより、城下の者ながら騎兵隊への体験入隊を果たすこととなった」
マツダイラ閣下が指導役に選ばれたスケサブロウ君に事情を説明していた。と言ってもこれは形式的なもので、すでに彼には事の経緯は説明済みである。
「ミナヨと申します。よろしくお願い致します」
相変わらず無表情に近かったが、彼女は閣下とスケサブロウ君の前で跪いて深く頭を下げていた。貴族に対する礼節は弁えているらしい。もっとも本来彼女は男爵令嬢なのだから、スケサブロウ君よりは立場が上だ。しかし実家を飛び出した身であるので、この国では平民の扱いだったのである。
「ミナヨ殿は人を斬ったことがお有りかな?」
「何故そのようなことを?」
スケサブロウ君がいつになく真剣な眼差しで問うたのに対し、ミナヨは顔を上げて彼の瞳をじっと見つめながら応えた。
「その目だよ。それは人の死に様を知っている目だ」
「お察しの通り三人ほど」
「無礼討ちか?」
「はい」
これには俺も驚いてしまった。彼はそんなことまで見抜いてしまうのか。しかし次の言葉にミナヨは唇を噛むこととなる。
「無礼討ちは無抵抗の者の首を刎ねるだけだ。真剣で立ち合ったことは?」
「あ……ありません」
「剣術の試合経緯は?」
「それならあります」
「よし、まずはこれを着けろ」
そう言ってスケサブロウ君は鎧ではなく、試合などで使われる木製の防具を手渡した。マツダイラ閣下はその様子を見て、後は任せたと立ち去る素振りを見せる。実際は物陰から様子を窺っている俺のところに来たんだけどね。
「これは?」
「刃引きしてあるとは言え生身のまま真剣で打たれれば骨が砕ける。無論それは気休めにしかならないが、ないよりはマシだろう」
「もしや私と立ち合って下さると?」
「自信がないならやめておくが、どうする?」
「や、やります! 是非お相手を!」
この場にユキたんやアカネさんがいれば一目で勝敗を見抜くのだろうが、今回隣にいるのはマツダイラ閣下だけだ。成り行きを見守るしかない。だが、スケサブロウ君の様子を見る限りシノブの時と同じような雰囲気だった。おそらく彼が負けることはないだろう。




