第十八話 私には関係のないことで……
攻撃を仕掛けているのがセイメイであることは誰の目にも明らかだった。しかし何故か彼は少しずつ後退っており、受けているアカネさんの方が前に進んでいたのである。これが俺が感じた奇妙な光景だ。そして微かにではあったが、セイメイの表情に焦りが浮かんでいるようにも見えた。
「王妃殿下、そろそろお疲れではありませんか?」
「いいえ。そちらこそ、段々力が落ちてきているように感じますよ」
「ええい!」
セイメイが叫んだ直後、彼は攻撃を止めて後ろに大きく飛び退いた。若いアカネさんに対して彼はそれなりの年齢である。体力に差があるのは致し方ないだろう。
「もう終わりですか? それで私の手並みはいかがでした?」
言いながらアカネさんは鞘をポンと叩く。すると鞘の上下が入れ替わり、彼女はそこからもう一振りの仕込み刀を抜いた。
「それは……?」
「私も二刀を使います。ところで真二刀流とはこんなものなのですか?」
「今のはほんの小手調べ。殿下がお望みとあらば奥義をもってお応えしましょう」
セイメイはニヤリと笑い、刀の上下を逆に持ち替えて腕を降ろした。これで完全にアカネさんからは彼の持つ刀が見えなくなる。
「真二刀流奥義、鬼狩り!」
そして腕を振ることなくアカネさんに向かって駆け出した彼は、間合いに入ったと見るや刀を振り上げた。二つの刃が下から彼女に襲いかかる。
「死ね!」
中段に構えられていたアカネさんの刀をすり抜け、セイメイの刀がアカネさんの脇腹に届く。まさにその瞬間だった。彼女は身を低く沈め頭上に軌道を流す。だがその反動で、なびいたライトブラウンの髪が何本かハラリと斬られていた。
「うぐっ!」
ところが苦しそうな声を出したのはセイメイだった。そして次にアカネさんが彼の懐から抜けて立ち上がると、支えを失った彼の体はゆっくりと崩れていった。彼女はしゃがんだ態勢から、二本の刀をセイメイの喉と腹に突き刺していたのである。その刀を抜かれた時、すでに彼は立っている力を失っていた。
「技に名を付けるのは構いませんが、そもそも二刀流は初撃必殺。相手の力量を見るための剣技など、思い上がりもいいところなのです」
冷たく言い捨てるアカネさんの言葉を最後まで聞けたかどうか、セイメイが二度と立ち上がることはなかった。そしてイヌカイ男爵は、彼の手下の知らせで駆け付けた者たちによって、城下の診療所に運ばれたのである。
「それにしてもアカネさん、どうして最初から刀を二本出さなかったの?」
その日の夜、彼女の部屋を訪れた俺は、柔らかい肌を抱きしめながらその耳元で囁いた。
「父の築き上げた二刀流に対して、真二刀流などと看板を掲げた人の力量を見たかったからです」
「え? それじゃもし相手が本当に強かったら……」
「それは大丈夫です。秘伝の二刀流は私しか受け継いでませんから」
そう言って微笑むアカネさんを、俺は強く抱きしめたのだった。
「ミノワ・ブンゴ伯爵閣下のご到着にございます!」
城内には神明の間という部屋があった。広さはおよそ百坪、だいたい二十メートル弱四方の、俺が人を呼びつける部屋としては狭い方の部類に入る。ここは主に重罪人や貴族を直接俺が裁く時に使われる部屋で、扉は玉座の正面と左右の壁の中央に一つずつ。他に玉座の後ろに俺が出入りする扉があり、これらの側にはそれぞれに四人の衛士が配置されていた。
「通せ!」
正面の観音開きの扉が開けられ、手首に枷を嵌められたミノワが左右を衛士に挟まれて足を踏み入れる。その姿はふてぶてしく、とても国王の前にいるとは思えない素振りだった。
「国王陛下の御前であるぞ、跪け!」
衛士が俺にそっぽを向いたまま動こうとしないミノワを怒鳴りつける。そこで彼は渋々という雰囲気を醸し出しながら、ようやく跪いた。
「ミノワ・ブンゴ、ここに連れてこられた理由、分かっておろうな」
「はて、何のことやら一向に」
「そうか。ハタガヤ・セイメイは死んだぞ」
「え?」
さすがに昨日の今日だ。彼がセイメイの死を知らないのは当然だろう。
「そ、それがどうしたと言うのでございましょう? 私には関係のないことで……」
「ほう。だがハタガヤ・セイメイはハタガヤ道場の師範。その道場は貴様の領内にあるはずだが?」
「確かにハタガヤ道場は我が領内の道場です。しかし彼が殺されたことと私は何の関係もございません」
「貴様、今何と申した?」
「はい?」
「ハタガヤが殺されたことは自分には関係ないと申したな?」
「え、ええ。それが何か?」
「余は死んだとは言ったが、殺されたとは一言も言っておらん」
こんなことで揚げ足を取るつもりはなかったが、死の事実を初めて知ったのなら普通は死因を先に聞くはずだ。それが殺されたと断定したからには、そう考えるに足る理由があるということである。もっともセイメイが病気などでなかった場合は、急死は職業柄殺されたと思うのも不思議ではないと思う。
「どうした、殺されたと思い至った理由でもあるのか?」
「い、いえ、その……」
だがそんな俺の思いとは裏腹に、ミノワ伯爵は狼狽えた様子を見せたのだった。




