第十二話 相変わらず若い娘がお好きですな
「シノブは相変わらずなのか?」
「はい。ですが検査の結果、生命を維持する機能にはほとんど異常は見られませんでした」
「誠ですか!」
謁見の間で俺と共に診療所の所長であるホンダ医師からの報告を聞いていたアカネさんは、彼の言葉にほんの少し安心したようだった。これでシノブは未だ記憶は戻っていないものの、死の危険はほぼ回避出来たことになるはずだ。
「記憶を失った原因もおそらくは一時的な脳の酸欠によるものかと思われます。ただこれに関しては現在の医学でははっきりしたことは申し上げることが出来ず……」
「致し方ないだろう。しかし望みは繋がったというわけだ。後は一刻も早い回復に全力を注げ」
「御意に」
頭を下げてそう言ったホンダは、何となくそわそわした雰囲気で俺の顔をちらちらと覗き込んでいる。これは他に何か言いたいことがあるのかも知れない。
「どうした、余の顔に何かついているか?」
「い、いえ決してそのようなことは……」
「ならば何だ、話でもあるのか?」
「少々陛下のお耳に入れたき儀がございまして」
「許す。有り体に申せ」
「はっ! 実は妙な噂を聞いたものですから」
「妙な噂?」
「はい。事の真偽は分かりませんが、南のミノワ伯爵閣下が何やら良からぬことを企てているとか」
「何、ミノワだと!」
その名はまさに今、最も注意しなければならない人物のものだ。
「も、申し訳ございません!」
ところがホンダ医師は、俺が貴族を貶めようとする言動に怒りを覚えたと勘違いしたらしい。しきりに何度も頭を下げていた。
「いや、責めたのではない。大声を出したのは別の理由だ。気にするな。して、そのミノワがどうしたと言うのだ?」
「どうも陛下の政治に不満があるようで、自分ならもっとうまくやれる、領民を潤わせることが出来ると嘯いているようなのです」
「それで、国王の座でも狙っているというのか?」
「そこまでは分かりかねますが……こ、これはあくまで患者から聞いた噂話ですので……」
「分かっている。たとえその話が根も葉もないことだったとしても、単に余の政に不満を持つ者がいなかったというだけのことだ」
「誠に、陛下の懐の深さにはいつも驚かされます」
この程度のことで褒められるとは思ってなかったよ。まあ、悪い気はしないけどね。
しかしホンダ医師の話のお陰でミノワ伯爵が俺に不満を持っているらしいことは分かった。あとはアザイ家の人たちが詳細を探ってきてくれれば、どう対策するかの目処も立つというものだ。もしミノワ領の領民がイヌカイ男爵の言った通りに虐げられているのなら、救いの手を差し伸べる必要もあるだろう。
「サネヤス、ひとまずこの件は余が預かる。患者に危険が及ぶ可能性も考え、今後噂話は控えるように伝えてくれ」
「かしこまりました」
俺とアカネさんはホンダの背を見送りながら、シノブの回復を願うばかりだった。
「アビコ兄弟が返り討ちに遭うとは思わなかったぞ」
「はい、どれ程の手練れが護衛に付いていたのか見当もつきません」
ミノワ伯爵の屋敷の一室で、伯爵本人と話しているのはハタガヤ・セイメイ、ハタガヤ道場の師範であった。すでに髪も眉も白い老人だったが、長い顎髭は仙人然とした趣がある。恰幅のいい伯爵とは対照的に、セイメイは羽織袴姿の上からでもその引き締まった体つきが窺えた。
「ところで例の姉妹の件、抜かりないだろうな」
「お任せ下さい。今宵主人は寄り合いで不在、手代の者たちもほとんどおらず店には数人の者しか残りません。手筈通り上手くいくかと存じます」
「聞けば指折りの美形とのことだったが」
「はい。町内どころか城下全体を見渡してもあれほどの美人にはなかなかお目にかかれないかと」
「そんな女が泣き叫ぶ姿はさぞ見物だろう」
伯爵はそう言うと、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「やはり閣下が味見を?」
「無論だ」
「相変わらず若い娘がお好きですな」
「この歳になっても全く衰えを知らんぞ」
豪快に笑い声を上げる伯爵に釣られて、セイメイもおかしそうに笑い始める。しかしその目は決して笑ってはいなかった。
カワチ屋ショウエモンが寄り合いから帰宅した時、店と繋がる屋敷はもぬけの殻だった。彼を迎えるはずの二人の娘たちの姿も見えない。ただ、争った後のような散らかった室内には、誰のものか判別出来ない切り落とされた指が置かれていたのである。
「おタキ、おタキ! 返事をしろ、おセン、おセンもいないのか!」
それからしばらくショウエモンは屋敷中を探し回ったが、ついに誰も見つけることが出来なかった。




