第三話 謀叛をお考えなのですか?
「キュウベエ、お前も運がない奴よのう」
「特鑑を取り上げられるとは、ミサキ屋の身代もこれで終わりでしょう」
「ま、まだ取り上げられたわけではありません!」
ミサキ屋キュウベエはミノワ・ブンゴ伯爵の邸で、伯爵本人と執事のヨダ・セイシロウを前にひれ伏していた。
「顔を上げてよいぞ、キュウベエ」
ミノワ伯爵は言いながら、手にしていた刀の切っ先でキュウベエの額を突く。その声に顔を上げた彼の額からは微かに血が滲み出ていた。
「道楽息子に身代を潰されたな」
「閣下への報いは十分に成したはず。どうかもう、お許し下さい」
「黙れ! 貴様の倅が賭場でこしらえた借金はいくらだったと思っているのだ。あの額、たとえ特鑑商人である貴様であっても払えるものではなかっただろう! それを肩代わりして倅が鉱山送りになるところを食い止めてやったのだぞ!」
「その上国王による大掛かりな手入れの情報を事前に入手し、閣下がご子息を連れ出して下さらなかったら、今頃は闕所だけでは済まなかったでしょうね」
「王家御用達商人の倅が禁じられている賭場に出入りしていたのだ。貴様も倅も死罪となっていたやも知れん。それを救ってやったのに、もう十分に報いたとは何たる傲慢!」
「も、申し訳ございません! ですが王妃殿下方にお仕立てした物を所望され、代わりにご用意頂いた仕立て物は粗悪品ばかり。これでは鑑札を取り上げられても致し方ありません。どうか仕立て物だけは本来の物を届けさせて下さい」
「それで得た代金で金を返したい、ということか?」
「そ、その通りです」
「だがなあ、キュウベエ」
ミノワ伯爵が立ち上がってキュウベエの前に立ち、その首筋に刀を当てる。それを見たキュウベエの顔には冷や汗が雫となって流れ出ていた。
「儂の娘たちは王族が身につけるような物以外を欲しがらんのだよ」
「で、でしたら同じ物をお仕立てして……」
「王妃が身に纏う物は超一級品の一点物ではなかったのか? それがこの世に二つ存在した時点から、全く価値がなくなってしまうのだ」
伯爵は刀を鞘に収め、背を向けて元の場所に戻る。そこでキュウベエはホッと安堵の溜め息を漏らした。
「だがお前が鑑札を取り上げられてしまっては儂も大損となる。よってお前の言う通り、今後は王家に納める物と全く同じ物を儂のところにも持ってこい」
「あ、ありがとうございます、ミノワ閣下!」
「下がっていいぞ」
「は、はい!」
目の前から去っていくキュウベエの背を眺めながら、執事のヨダが伯爵の耳元で囁く。
「それにしてもたまたま閣下が外出の折に、騎兵隊と警備隊の様子に気付かれたのは幸運でしたな」
「あれだけ大掛かりな手入れだったからな。儂も見た時には何事かと思ったが、すぐにコバシ子爵の顔が浮かんだのは機転というものだろう」
「賭場での借りは賭場で返そうなどと、あの馬鹿息子の考えそうなことです」
「いずれは倅も鉱山に売り飛ばしてやるつもりだが、それにはまだ早いからな」
「はい、あと半年待てば奴も二十歳。そうすれば……」
借金の形に鉱山に男を売る場合、二十歳前と後とでは大きく売値が異なるのである。これは過酷な鉱山労働に長く耐えられる体が出来上がるのが、二十歳以降とされていたからだ。若ければ若いほど高く売れるというのも、二十歳以上という条件があってのことだった。
「ところで国王が王妃を伴って、忍びで城下を徘徊しているという噂は本当なのか?」
「はい。頻度は分かりませんが、実際にあのカワチ屋には何の布令もなく立ち寄ったそうです」
「そこでカワチ屋の仕立て物を見て、王妃が気に入ったというわけか」
「おそらく。また城門の前に店を構えている靴磨きの小娘ですが、あれも国王と王妃が城下散策中に知り合ったとか」
「出会ってみたいものだな」
「何を申されます。国王とお会いになりたければ謁見を願い出ればよいではございませんか。伯爵たる閣下なら叶いましょう」
「そうではない。忍びなら斬っても文句は言われないだろう、と言っているのだ」
「ま、まさか閣下、謀叛をお考えなのですか?」
これにはさすがのヨダも驚いた表情を隠せなかった。しかしミノワ伯爵は手を振ってそれを否定する。
「そこまでは考えておらん。しかし斬りつけて儂に命乞いさせ、宰相の座に就くのも悪くないとは思わんか?」
「なるほど! ですが国王は常に王妃の他に護衛を従えていると……いえ、そう言えば国王と王妃二人だけの時もあったと聞いたような……」
「そんなにしょっちゅう出歩いているのか? あの国王は」
「噂に聞いただけですので」
「これはますます出会ってみたくなった。儂もお忍びで城下を徘徊してみるか」
言うと伯爵は大口を開けて笑い出し、執事もそれに合わせて大笑いするのだった。




