第八話 お嬢さまの拳骨に備えるのです
「あなたは陛下のお命を脅かした罪により、どのように取り繕っても死罪は免れません。ならばこの場にて潔く腹を召されてはいかがですか? さすれば温情ある陛下のこと、あなたの縁者までのお咎めはなされないかと思います」
「戯けたことを! お前たちはここで死ぬのだ。王族だろうと何だろうと知ったことか!」
「では、どうあっても私と一戦交えると言われるのですね?」
言うとスズネさんは苦無を指の間から消した。どうやったのかは分からないが、彼女が拳を握り直したように見えた一瞬で消えてしまったのである。そして腰に差した忍者刀を抜き、疾風の如き速さで男めがけて突進していた。
男が放つ苦無を時には体を捩って避け、時には忍者刀で弾き返しながらその距離を詰める。そこで男も苦無での攻撃を止め、蓑の間から忍者刀を抜いて構えた。そして、二本の忍者刀が重なり弾き合う。しかし、凄まじい気迫と速度で突きを繰り出すスズネさんに対し、男は防戦一方のように見えた。一歩、また一歩と後ずさる男。
「いけません、スズネ殿! 下がって!」
「遅いわっ!」
何かの異変に気付いたユキたんが叫んだ直後、左右から飛んできた苦無が不自然な金属音と共にスズネさんに突き刺さっていた。
「スズネ!」
「武闘派サイカ流の醜女姫、大したことはなかったようだな」
「貴様、許さんぞ!」
「これはこれは国王様、あなたもここで死ぬ運命なのですよ」
男は忍者刀を蓑に収め、両手に苦無を握り投げる素振りを見せる。ユキたんとアカネさんはそれを打ち落とすために刀を構え、護衛の二人も俺の前に立ち塞がった。
「これで終わりです!」
男が苦無を投げるために両腕を広げた時だった。彼の両肩に美しい素足が舞い降りてきたのである。それと共に広げられた彼の腕はそのまま垂直に落下し、おびただしい血が噴き出していた。
「なっ……変わり身の……術……だと?」
彼の言葉に左右から苦無を撃ちこまれたはずのスズネさんを見ると、そこにあるはずの彼女の姿はなく、代わりに着ていた服が無造作に落ちているだけだったのである。そして素足の主こそそのスズネさん本人であった。
そう言えば彼女に苦無が突き刺さったように見えた時、不自然な金属音が聞こえた。あれは苦無同士がぶつかり合う音だったのかも知れない。
ちなみに今の彼女は全裸で、素足の上には形のいい尻がこちらに微笑んでいるようだ。
「み、見てはなりません!」
慌てて護衛の二人の騎兵隊員の目を、ユキたんとアカネさんが覆っている。
「い、いつの間に……?」
両腕を失ってバランスが取れず、その場に膝をついた男の背後にスズネさんが飛び降りる。そして彼女は向こうを向いたままこう言った。
「仕込み苦無。なるほど、あなたはフウマ一族からの抜け忍でしたか」
後から聞いた話だが、フウマ一族とはかつてあったホウジョウ王国に仕えていた忍軍ということだった。そのホウジョウ王国がオダ帝国に攻め落とされたのを機に、タケダの先王であったハルノブ国王が召し抱えたらしい。ちなみに現在はその血筋が絶え、すでに王国にフウマ忍軍は存在していないそうだ。
「あの世でフウマ・コタロウ殿に抜け忍を詫びるがよいでしょう」
そしてスズネさんの忍者刀が、男の背中から胸に突き抜けてきた。男は声を発する間もなく絶命し、振り向きざまに彼女は忍者刀を引き抜く。その時すでにスズネさんの体は男の脇に逸れていたので、噴き出す返り血を浴びることもなかった。
「スズネ!」
俺は全裸のままのスズネさんを抱きしめ、サッちゃんが汚れをはたき落としてから彼女に服を手渡す。両肩や両脇に苦無が突き刺さった後の穴が空いていたが、今はこれしかないから仕方がない。そして俺たち四人で彼女が着衣するまで囲んで隠したのである。
「変わり身の術って初めて見たよ」
「私もです! 今度教えて下さい!」
例によってアカネさんが瞳をキラキラさせて言う。
「アカネ、変わり身の術なんか教えてもらってどうするんだ?」
「それはですね……」
言うと彼女は俺の耳にこっそりと囁いた。
「お嬢さまの拳骨に備えるのです」
「アカネ殿、聞こえてますよ」
「ひいっ!」
スケサブロウ君も騎兵隊員もいるんだから、そういうのは城に帰ってからにしようよ。などと思いながら俺は、まず敵の忍者を倒したことにホッとしていた。
「そろそろ着きますよ」
スケサブロウ君の言葉と同時に、背後から蹄の音が地を鳴らす。辺り一帯はコバシ・ゲンブの屋敷を除いて、すでに警備隊によって外出禁止令が出されていた。この地鳴りは騎兵隊のものである。それら全てが物陰に隠れて配置を終えた時、俺は屋敷の門の正面に立って手を挙げ、そして号令した。
「かかれ!」




