第五話 大食堂内の酒場への出入りを禁ずる
更新が遅くなってすみません。
「ユキ! ユキ! しっかりしろ、ユキ!」
倒れたユキたんだったが、俺を庇って苦無にやられたわけではないようで、特に外傷も出血も見られなかった。しかし気を失った彼女は一向に目を覚ます気配がない。その時俺は身重のユキたんに、いくら本人が望んだとはいえ護衛をさせたことをひどく後悔したのだった。
「お嬢様!」
アカネさんも心配そうに声をかける。今ここには俺とアカネさん、それにサッちゃんもいるが、瀕死のイサジもいるので、とてもこの人数ではユキたんを城まで運ぶのは不可能だった。
「ウイちゃん! ウイちゃん!」
声に出さなくても念じれば彼女は来てくれるのだが、気が動転していた俺は思わず大声でウイちゃんの名を叫んでいた。するとすぐにウイちゃんが路地の間から現れる。この出方はイサジがいることに配慮してくれたからだろう。
「ウイちゃん、よかった。大至急城から人を集めてきてくれないか」
「どうされたのですか?」
しかしこんな一大事に、ウイちゃんは呑気に欠伸なんかしている。
「どうしたもこうしたも、ユキが……」
「私なら大丈夫です」
抱き抱える俺の腕の中で、ユキたんが目を開けて呟いた。そして彼女は自力で起き上がる。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「ユキ……大丈夫なのか?」
「はい。軽い目眩です」
「軽いって……」
不思議なことにそれ以降は特に変わった様子もなく、彼女は俺たちと一緒に自分で歩いて城に帰ったのだ。なお、イサジはウイちゃんが呼んでくれた警備隊によって近くの診療所に運ばれ、トドロキの手下共は彼らに捕らえられた。
「次の手入れ、お前どう思う?」
新たに開店した城内大食堂の酒場は、連日警備隊の男たちで溢れんばかりの大盛況だった。それもそのはず、酒も肴も城下の酒場のほぼ半額。しかも肴に関してはあのクリヤマ料理長の監修によるものなのだ。お陰で酒を飲まずとも料理を食べてみたいという希望者が後を絶たなかった。しかしひとまずのところ、俺は利用を警備隊のみに許可していた。もっとも現在の問題が解決した後は、規模を拡大しなければいけないかも知れない。
「かなり大規模な賭場だっていうからな。ガセじゃないといいんだが」
「ねえねえ、その賭場ってどこなの?」
赤ら顔になって上機嫌に話していた二人の警備隊員の横に、城下から雇われた一人の酌婦が座る。彼女は酒瓶を持つと彼らのグラスに酒を注ぎながら、一方の手ですぐ隣の男の太股を撫で始めた。
「何だい、そんなことに興味持つもんじゃねえぞ」
「アタシ捕り物ってのを一度見てみたくてさ。なあいいだろ? 教えておくれよ」
「お、お!」
女の指が男の膝から太股の付け根に差し掛かり、その先の膨らんだ部分をなぞるように指先を滑らせる。
「教えてくれたら二人とも、いい思いさせてやるからさ」
「し、しかしここは城の中……あふっ!」
「厠に入ればいいのさ。溜まってるみたいだし、アタシの指技はすごいよ」
「けど手入れの情報を漏らすわけに……ふひっ!」
「遠くから見にいくだけだからさ。誰にも言わないし、なあ、だめかい?」
艶めかしく這いずりまわる女の指先に抗うことが出来ず、隊員はとうとう手入れの情報を漏らしてしまった。その後女に言われた通りに二人は厠に向かったのだが、彼女が姿を見せることはなかったのである。
「手入れの情報を漏らしたそうだな?」
「す、すみません! 酒場でつい女に乗せられて……」
「で、その女というのは誰だ?」
「それがいくら探しても見つからなかったんです」
「そうか……」
二人の警備隊員から報告を受けていた警備隊長は、まず彼らの頭に拳骨を浴びせた。
「いってぇ!」
「お前たちのことはすでに陛下がご存じでな」
「え? な……どうして陛下が……?」
途端に彼らは真っ青になって震えだした。こんな失態が俺に知れれば、打ち首もあり得るくらいに考えたのだろう。もちろん悪いことをしたわけではないのだから首を刎ねるつもりなどないが、そうして恐れてくれるのはいいことである。
「そこで陛下からのご命令を伝える」
「は、はひ!」
「お前たちは向こう一月の間、大食堂内の酒場への出入りを禁ずる」
「はい……」
「以上だ」
「は、はい?」
「以上と言ったのだ。まだ何かやらかしたことがあるのか?」
「い、いえ、あの……それだけですか? 二度と酒を口にしてはならないとか」
「陛下はお前たちの激務を常日頃から気にかけて下さっておいでなのだ。私は禁酒を申し渡すと言上したが、陛下がそれでは可哀想だからと大食堂酒場への出入りのみを禁じられた。しかも一月という期限まで設けて下さってだ」
警備隊員の二人は驚いた顔を隠せないでいた。何故そんな軽い罰で済まされたのか、彼らには理解出来なかったのである。
ただ、本当のことを言うと俺としては二人を表彰してやりたいほどだった。何故ならコバシ子爵に対する餌撒きの役目を果たしてくれたからである。
「分かったら下がれ」
「は……はい!」
二人の警備隊員は隊長に深々と頭を下げ、部屋を出ていくのだった。




