第二話 そうでもないさ
「イサジ、久しぶりじゃねえか。そっちの兄さんは新顔だな?」
「ああ、初めてだ」
「そうかい、イサジの知り合いなら顔で通してやる。次からはコイツを持ってきな」
そう言って入り口にいた男は、イサジが持っていたのと同じ割り札を俺にも渡してくれた。
「簡単に遊び方を教えてやろう。とは言っても難しいことなんざ一つもありゃしねえ」
男は懐から二センチ立方ほどの大きさのサイコロを取り出す。
「親が壺の中にコイツを放り込んで盤の上に伏せる。そこに大目小目でアンタらが賭けるって遊びだ。大目は四五六で小目は一二三だ。簡単だろ?」
金は木で出来たコマ札に変えて勝負する。勝てば倍になり負ければ没収されるという単純なものだった。この他のルールとして、同じ目が三回続けて出た場合は掛け金が五倍になって返ってくるそうだ。ただしそれ以外が出た場合は大目小目に関わらず、親の総取りになるらしい。
「なるほど、面白そうだが今日は見学だけでもいいか?」
「構わねえよ。ただし屋銭は払ってもらうぜ」
「屋銭?」
「コマ札は銀貨一枚で十枚、それを一勝負毎に一枚支払うのが決まりだ」
「勝っても負けてもか?」
「ああ。ただ元々見学のみってんなら銀貨二枚払ってくれりゃいいぜ。その代わり酒は飲み放題、食いモンも出てるやつは食い放題って寸法よ」
何だか飲み食い放題なら得のような気もするが、安い酒と安い食材が使われているに違いない。味も期待出来ないと思った方が無難だろう。そもそもここに食事しに来たつもりはない。
「分かった。これでいいかな?」
「おや? 大銀貨二枚じゃなくて銀貨二枚って言ったよな?」
「イサジさんの分も合わせてだよ」
「何だよイサジ、今日も打たねえのか?」
「すまねえな。今日はこの兄さんの付き添いもあるし、俺はここに飲み食いしに来てるだけだからな」
「まあいつものことか。好きなだけ飲めるんじゃ、酒豪のアンタには安上がりかもな。ただし一刻くらいで帰ってくれよ。それ以上いられると赤字になっちまって俺が怒られるからな」
「分かったよ。この前は済まなかった」
イサジによると、前回は酔っぱらって朝まで居座り、かなり飲み食い散らかしたのだということだった。幼いモスケを一人家に残して何をやってるんだか。ちなみにモスケが拐かされる前の話らしい。なかなか有益な情報が得られなくてヤケになっていたそうだ。
「兄さんは気が向いたら遊んでくれ。そん時ゃ一声かけてくれりゃこの分のコマ札は回してやっからよ」
「分かった」
「しっかし兄さん、いい男っぷりだな。どこかで見た気もするが……」
「俺みたいないい男が何人もいるもんか」
「はっはっはっ、言うじゃねえか。気に入ったぜ兄さん」
豪快に笑いながら、男は俺の肩をバシバシと叩いている。俺の本当の身分を知ったら青くなるだろうなどと思いながら、俺はイサジと共に屋敷の中に通されたのだった。
「すると近々大きな金が動く賭場が開かれるということなんだな?」
「まだ場所や時間は分からねえんだけどよ、コマ札は普通の十倍だって話だぜ」
イサジも初めて会ったという男は、飲み食い放題で提供されているのとは別料金となっている少々高めの酒を奢ってやると、饒舌に話し始めた。
「それだけじゃねえんだ。何でもその賭場じゃ、最初に大銀貨十枚分のコマ札をタダでくれるって言うんだ」
「貸し元はずい分と羽振りがいいようだな」
「どこぞの御大身だって噂だ」
やはり貴族が絡んでいるということか。しかも大身というからには、少なくとも爵位持ちであろう。それがコバシ子爵だとは今のところ断定出来ないが、調べてみる価値は十分にある。
「あれ、向こうにも新入りか。今日は多いな」
男の視線を追うと、客の中に一人の男が招き入れられていた。実はその男こそ俺がサッちゃんに頼んだ用事、モモチさんだったのである。
「ところで知っていたら聞きたいんだが」
俺はモモチさんに軽く目配せすると、すぐに話題を変えて男の気を逸らした。
「何だい兄さん。お、酒が切れちまった」
「大丈夫だ。イサジさん、もっと酒を飲ませてやってくれ」
「こちとら構わねえが、兄さん金は……」
「心配ない。イサジも飲みたければ飲んで構わないぞ」
「し、しかし……」
彼はモスケのことが気掛かりなのだろう。手元の酒にもほとんど手を付けていなかった。しかし酒豪として知られているのであれば、あまり飲まないでいると変に怪しまれるかも知れない。俺は小声で彼にそう伝えて、普段通り酒を飲んでもらうことにした。
「で、聞きたいことってのは?」
「実は子供を探していてな」
「子供?」
「ああ、歳は八歳でモスケという名なんだが」
「さあ、知らねえな。その子供がどうかしたのかい?」
「いや、知らないならいいんだ。さ、もっとやってくれ」
「おう、お役に立てなかったのに悪いな」
「そうでもないさ」
その時俺は、こちらの話に聞き耳を立てる一人の女性客に気づいていたのである。それを目だけを動かしてモモチさんに伝えると、彼は心得たとばかりに小さく頷いていた。
屋銭とは、寺銭のことだと思って下さい。




