第十二話 ふへへ、ひこらさん、あったかいれす
「どこが? などと聞くのは愚問だな。頭のてっぺんから足の爪先まで全てだ。声や心も含めてな」
「ひ、ヒコザさん……」
「そんなの汚えよ!」
「だがモスケ、このサトの顔を見てみろ」
俺はモスケに、うっとりした彼女の顔を見せた。それでまたサッちゃんは恥ずかしそうに体をクネクネさせている。
「やだ! もう、ヒコザさんたら!」
「この可愛いサトを見てへちゃむくれなどと言うお前に、彼女を幸せにしてやれると思うのか?」
「う……」
「モスケ、真に女を愛するということはな、その女にも愛されるということなのだ」
この一言でモスケは敗北を覚ったようだ。
「おいらサトさんがヒコザ兄さんのことを、この世で一番大好きだって言った意味が分かった気がするよ」
「ヒコザ兄さん?」
「ああ、これからはそう呼ばせてくれ。それでよ、おいらに女心ってのを教えてくれねえかな」
どこまでもませた子供の発言に、その場にいた全員が大笑いだった。しかし笑いの元である本人は少々不服そうである。
「な、何だよ皆、父ちゃんまで!」
「モスケは何歳になる?」
「おいらかい? 八歳だ。直に九歳になる」
なるほど、その年齢なら女性に興味を持ってもおかしくはないだろう。特に年上の女性には妙な魅力を感じる年頃でもある。
「よく聞け、女心を教えてくれなどと言っているうちは決して理解など出来ないだろう。そもそも心というのは十人いれば十通り、百人いれば百通りある。つまり教えられて身につくものではないということだ」
スケサブロウ君がそんな俺の言葉を聞いて馬鹿にしたような笑みを浮かべている。しかし浮気を疑われるような情けない男に見下される謂われはないぞ。ここはちょいと懲らしめておいてやるか。
「この貴族の男はな、その女心を理解しようとしないものだから、彼女に浮気を疑われて実は大変困っているのだ」
「なっ!」
「そうなのか?」
「よ、余計なことを……」
今度は俺が彼を鼻で笑ってやった。少なくとも女性の扱いに関しては、俺の方が何倍も長けているということだ。
「難しいんだな。じゃああと一つだけ教えてくれねえかな」
ところがモスケには浮気、ということがピンとこなかったらしい。もっとスケサブロウ君を辱めてやりたかったのに残念でならない。
「うん?」
「ヒコザ兄さんはどうやってサトさんの心が分かったんだ?」
「それか、簡単なことだ」
俺はそう言ってサッちゃんの顔をじっと見つめた。その視線に彼女は耐えきれず、真っ赤になって目を逸らしてしまう。
「俺にとってサトはこの上なく可愛い女性だ」
「また……もう! ヒコザさん、恥ずかしいです!」
「見ろ、この反応を。俺はこんなサトをいくら見ていても飽きることがない」
「そうか! よく見ていろってことだな!」
「見るだけじゃない。どんな些細な変化も見逃さないほどに見つめるのだ。そうすればサトが何を喜び、何を悲しむのかも分かるようになる」
「すげえな!」
「知りません!」
元来が恥ずかしがり屋な彼女はすでに限界のようだった。そして何を思ったのか、俺のために注いでくれた酒をグイッと飲み干してしまったのである。
「さ、サト!」
俺はこれまでサッちゃんが酒を飲むところなど見たことがない。多分これが初めてだったのではないだろうか。彼女は途端に目を白黒させたかと思うと、顔を上気させて上半身をグラグラと揺らし始めた。
「サト、大丈夫か?」
「ふぇ? ら、らいりょうぶれすよ。うぃっ! いいきもりれす」
大丈夫、いい気持ちと言っているつもりのようだが、全くろれつが回っていない。それにこのままだとバランスを失って頭でもぶつけかねないので、俺は彼女の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「ふへへ、ひこらさん、あったかいれす」
「サト……」
ふにゃっとしたサッちゃんもすごく可愛かったが、さすがにこの姿にモスケは引いたらしい。ちょっと顰めっ面になりながら、彼女を見る目に幻滅の色が窺えた。
「あのよ、ヒコザ兄さん」
「何だ?」
「そんなになってもやっぱり可愛いと思わなきゃなんねえのかな?」
「も-、ひろいれすよぉ!」
サッちゃんはモスケの言葉に酷いですよ、と抗議しているが、俺にもたれかかったままで体に力が入らないようだ。もちろん俺にはそんな彼女も可愛くて仕方がないのだが、幼いモスケではまだまだ理解するのは難しいだろう。
「当然だ。この可愛さが分からないようではモスケ」
「な、何だよヒコザ兄さん」
「女心が分かるまでにはまだまだ道のりは長いぞ」
俺はそう言うと、サッちゃんを抱く腕に少しだけ力をこめた。だがその時すでに、彼女は小さな寝息を立てて気持ちよさそうに寝入ってしまっていたのである。
そしてイサジの家からの帰り道、全く手を貸そうとしないスケサブロウ君のせいで、俺はサッちゃんを負ぶって城に帰る羽目になった。もっとも背中に当たる彼女の胸の感触は、何物にも代えがたいご褒美だったことだけは付け加えておかなければならないだろう。
「スケサブロウ、分かっているな?」
「調べますよ、言われなくても」
そう応えた彼の横顔に、俺はどこか安心感のようなものを感じるのだった。
明日はリアル事情により、更新をお休みさせていただきます。




