第五話 随分と大雑把な条件だな
「お妃様……お妃様ぁ!」
大食堂には食事時以外でも休憩を取る者や、仕事が休みでくつろいでいる者もいる。それほど人数が多いわけではないが、普段は姿を見ることさえ叶わない国王と王妃がそこにいるのだ。食堂の職員も含めてはじめは皆呆然としていたが、すぐにその場に跪いていた。俺はそれを制して、普段通りにしていて構わないと告げてから、スズネさんに抱きついて泣きじゃくっているおマサに目を向けた。
「おマサ、災難だったな」
「国王様……も、申し訳ありません……」
おマサはそう言うと、スズネさんから体を離して俺に頭を下げた。
「よい。だがおマサ、やはり偉いお妃様は嘘は申さなかったであろう?」
「はい……お妃様のおっしゃられた通りでした」
「しっかしアイツらは許せねえ。こんな小さなおマサの店にまで押しかけやがって!」
シンサクが商人たちの振る舞いに憤っている。無理もないだろう。彼らのうちの何人かは、どうやって王族に取り入ったのかなどとおマサに詰め寄った者もいたらしいのだ。
「もうよいであろう。あの者たちからは商売する許可を取り上げたのだ。そしておマサを騙したイシダはカザト村に送った。開墾が終わるまで村を出ることも禁じたからな。わざわざあの地に行かない限り、もう二度と会うこともないだろう」
「やっぱり旦那はすげえお人だよな。さすが我らが国王様ってもんだ」
「我らが国王様か、なかなかいい響きだ。気に入ったぞ」
シンサクは世辞など言わない性格だから、彼に褒められると素直に嬉しい。しかも我らが国王様とは、何だかヒーローになった気分だ。悦に浸っている俺を見て、スズネさんがクスクス笑っている。
「ですが陛下、このことが原因で、おマサちゃんの店で働きたいなどと言い出す者はおりませんでしょうか」
「商人崩れは狡猾だからな。おマサ、お前はそのような者が出たらいかが致す?」
「私のお店で働きたいという人が現れたらですか?」
おマサは少し考える素振りを見せたが、すぐに笑顔になってこう応えた。
「その時はお妃様にご相談したいと思います」
「本当に、そうして下さいね」
おマサの笑顔には心癒されるものがある。こういう弱い立場の者が皆笑って暮らせる世の中を創りたいと思う。
「しかしそもそもおマサの店には他人を雇って働かせる広さなどないのではないか?」
間口は一間、およそ百八十センチくらいあるが奥行きはさほどでもない。これにはおマサの作業スペースと客が座るスペース、それに靴磨きの道具が置かれている。つまり新たに人が増えてもその分の作業スペースはないということなのだ。
「はい。それに人を雇わなければならないほど忙しいわけでもありませんし」
「あら、そうなの?」
俺もスズネさんももっと繁盛していると思ったが、考えてみれば外から城に働きにきている者でも、毎日靴磨きをするわけではないだろう。だいたいそんなものかも知れない。
「雨が降った後などはお客様をお待たせしてしまうくらいなんですけど」
「行列になることもあるのか?」
「いえ、そういう時は靴をお預かりして、代わりの履き物をご用意してますので」
「え? そんなことまで?」
「お城で働いている方だけなんですけど、待たなくて済むと喜んで頂いてます」
商売の努力とはこういうことを言うのだ。もちろん代わりの物を揃えるのに費用はかかっただろうが、それも今後に繋がることである。俺はこの幼い少女がそこまでしていることに心を打たれた。
「陛下、こちらにいらっしゃいましたか」
「ツチミカドか、どうした?」
そこへツッチーが意気揚々としてやってきた。一般職員の利用する食堂にいることを咎められるかと思ったが、彼の表情を見るとそれはなさそうである。
「計画は次の段階に移りましたぞ」
「そうか、でかした」
計画という言葉にシンサクが興味津々という目を向けてきたが、俺はあえてそれを見て見ぬふりでやり過ごした。
「マエダ様もお気づきでしょう?」
「何がだ?」
マエダの居城に招き入れられたイヌカイ一家の面々は、四方を兵士に囲まれた状態でも臆している様子は微塵もなかった。
「例の怨霊騒ぎです」
「それか。何やら領民が騒いでいるようだが、公爵閣下は捨て置けとの仰せであった」
「私もそれが正しいと思います。この世に怨霊なんているわけがございませんから」
そこでマエダは訝しげに眉を上げる。
「貴様は祈禱師ではないのか? そのお前が怨霊などいないと申すとは」
「祈禱師というのは何かと儲かるものなのですよ」
そしてイヌカイは続ける。
「マエダ様、よろしければこの騒ぎ、私がお引き受けいたしましょう」
「お前が? それで、何が望みだ?」
「これはこれは、困っている方をお救いするのが祈禱師の役目でございますから」
「建前はいい。わざわざ俺にこんな話を持ち掛けてきたのだ。裏がないわけはないだろう」
「さすがですなあ。お察しがよろしいようで」
そこでイヌカイの態度が一変した。彼はずる賢そうな笑みをマエダに向ける。
「この地での祈禱をお許し願いたい。無論のこと祈祷料は無税にて。その代わりいくらばかりかはマエダ様にお流し致しましょう」
「随分と大雑把な条件だな」
「そこはそれ、祈禱師は儲かると申し上げましたので」
「ほう、では楽しみにしておこう。ところでこの地での祈禱を許せということは、俺の墨付きでも望むか?」
「はい。領主様の正式な許可を頂いての祈禱ということになれば、怨霊騒ぎにも耳を傾けた頼れる領主様ということになりましょうから」
「なるほど、それはよい案だ。後ほど墨付きを渡してやろう」
「ありがとうございます」
イヌカイが深く頭を下げると、一行もそれに倣って全員頭を下げた。そして彼は再びその口元にずる賢い笑みを浮かべて言った。
「それともう一つ、お許し頂きたい儀がございます」




