第四話 叱られるのは余だ
「ヒコザ様!」
これからスズネさんと秘め事を始めようとした時である。突然ウイちゃんが現れて俺の名を呼んだ。
「来たか!」
しかし今回に限っては彼女にそれを許していた。もし夜になって例の術や魔法が使われたなら、すぐに対応する必要があったためだ。
「おマサさんが術にかかったようです」
「え! おマサちゃんが!」
おマサのこととなるとスズネさんの反応が凄まじい。彼女は半ば脱ぎかけていた下着を着け直し、すぐに出かける準備を始める。
それにしても昨日は何ともなかったおマサが、何故今回は術にかかってしまったのだろう。もしかしたら歌を聴いたからと言って、必ず術にかかるというわけではないのかも知れない。ウイちゃんが気配を感じないほどの弱い術で、かかるかかからないかも規則性がないとすれば辻褄が合う。
「とにかく急いでおマサを探しに行こう。ウイちゃん、居場所は分かる?」
「あの子は目が見えないので、今やっと宿舎を出たところですわ」
それでも一人で家を出たというのには驚きである。まだ城までの道もまともに覚えていないはずだから、どこに行くにも案内役が必要不可欠だというのに。
「ウイちゃん、術はすぐに解けるの?」
「はい、柏手を三回。正面、右の耳元、左の耳元の順で打てばヒコザ様でも解けますわよ」
「そんな簡単に?」
まあ、よく手品などで見かける一回で解けるのとは違うところが、知らないとどうしようもないという仕掛けなのだろう。
「それにしても妙ですわね」
「何が?」
「何かの術が使われた形跡がございませんの」
「私も、何も察知出来ませんでした」
スズネさんも難しい顔をしているが、君は俺とイチャイチャしてたから気付けなかっただけなんじゃないのかな。もちろん、そんなこと口に出しては言えないけど。
「おマサには術がかけられてるんだよね?」
「ですがおマサさんは昨日は何ともありませんでしたわ」
「たまたまだったんじゃないの?」
「ヒコザ様、術や魔法にたまたまはございません。かかるか退けるかの二つに一つでございます」
そういうもんなのか。これは早くおマサを見つけて、昨日と今日で何か行動に違いがなかったかを聞いてみる必要がある。そして俺たちはほどなく、第二宿舎の近辺を覚束ない足取りで歩いていたおマサを見つけたのだった。
「あの……わ、私……」
「何も心配はいりませんよ。全部分かってますから」
「でも……こんなにお世話になっているのにオダがいいと思ってしまったなんて……」
術にかけられたのだから仕方ないと説明しても、おマサは責任を感じて泣きじゃくっていた。それをスズネさんが抱きしめながら慰めているところである。
「ところでおマサ、お前は昨日も歌を聴きに行ったんだよな?」
「はい」
「しかし昨夜は共に行ったシンサクだけが術にかかった。お前とシンサクの違いは何か見当がつくか?」
「違い……」
おマサは両手を頬に当てて思案顔になった。どうでもいいことだが、何気に可愛い仕草である。
「昨日は……実はお店でやらなければいけないことがあったので、私はシンサク様には送って頂きませんでした。結局遅くなってしまったのでそのままお店で眠ってしまったのですけど」
「お店に泊まったの?」
「すみません……」
驚いたのはスズネさんだった。幼いおマサが一人で店に泊まったことを心配したのだろう。しかし彼女は衛兵に頼んでコミネには知らせてもらったとのことであった。
「コミネはそんな大事なことを報告もせず……」
「こ、国王様、コミネさんを怒らないで下さい。私が黙っていてくれるように頼んだのです」
「そうか。だがおマサ、今後そのようなことがあるならまずはスズネを呼ぶといい。でないとスズネに叱られるぞ」
「はい、すみません」
「もう、陛下! 私はおマサちゃんを叱ったりしません!」
「分かったな、おマサ。叱られるのは余だ」
これにはさすがにおマサも吹き出していた。スズネさんには軽く叩かれたけどね。
「でもお城の中にいたわけでもないのですよね。おマサちゃんのお店は城門の外ですし」
「ますます分からなくなってきたな。術がどのような条件で効力を発揮するのか……」
「陛下」
その時、ウイちゃんが俺を小さな声で呼んだ。スズネさんはいいとして、おマサには幽霊兵のことを聞かれたくないのだろう。
「父の兵が城下で術の気配を感じたそうですわ」
「本当に? ということはやはりあの歌姫が……」
「いえ、あまりに弱い力で何者が発しているのかまでは突き止められなかったようです」
アザイの兵士たちも非常に悔しがっているとのことだった。ただし、一つ分かったこともあった。何故おマサが昨日は平気で、今日は術にかかったのかということである。
「なるほど、そういうことであったか」
それから俺は柏手で術を解く方法を急ぎ知らせるよう、国境に遣いを出したのだった。




