第十五話 聞けることなら聞いてやるぞ
「国王陛下、この度はうちの若い者がご無礼を働きましたこと、この通りお詫び申し上げます」
言うとイヌカイ男爵は、その場で服に土が付くのも構わずに土下座していた。彼の言葉を聞いたサンジと手下、それにシンサクとおマサまで驚いた顔を隠せないでいた。
「へ、国王陛下って……だ、だだ、旦那が国王様?」
「貴族様が……こ、国王陛下……」
「イヌカイ、先に我が妻が申したこと、異存はないな?」
「はい、ございません。どうぞご存分に」
「よし、奴隷商をここへ!」
「はっ!」
俺の言葉でサンジたちを取り押さえていたのとは別の衛兵が、屈強そうな男を従えた中年の奴隷商を連れてきた。
奴隷商は見かけは温厚そうに見えたが、事の一部始終を知っているせいでサンジたちに対する視線には厳しいものが見て取れた。
「この三人だ。皆若いからいい値が付けられるのではないか?」
「確認でございますが、この者たちは鉱山に送ってもよろしいのですね?」
「構わん」
「こ、鉱山……!」
サンジたちの顔が見る見る青ざめていくのが分かった。鉱山送り、それは過酷な環境と労働が待つ死の流刑と同じ意味を持つ。本人が希望しない限り、たとえ奴隷であってもそこで働くことを強要することは出来ない。送られるのは凶悪な犯罪者がほとんどなのである。
無論中には短時間で大金を稼ぐことが出来る鉱山労働を望む者もいる。しかしその多くは、志半ばで命を落とすのだ。ちなみに望んで鉱山に入った者はいつでも辞めることが出来たが、送られた犯罪者には枷がはめられ、厳しい管理下に置かれるのである。
「ならば陛下の仰せの通りにございます」
「ちょ、ちょっと待って! それだけはどうかご勘弁を!」
「黙れ! お前たちのお陰で何の罪もないこのシンサクの両親は首を吊って死んだのだ。身をもってその償いをしなければならないと知れ!」
奴隷商は泣き叫ぶ三人を荷馬車の檻に放り込むと、大金貨三百枚を置いて去っていった。これだけの大金を一度に見るのは俺も初めてだ。
「さてイヌカイ」
「はい」
「これはお前の分だ。取っておけ」
俺は彼に三百枚のうちの十枚を手渡そうとした。
「そんな、陛下! 私にはそんなものを頂く権利がございません」
「お前はよかれと思ってシンサクの家の証文を買い取ったのだろう? ならばその証文を余が買い取ってやろうと言っているのだ」
「で、ですが……」
「何だ、不服か?」
「け、決してそのようなことは! ならば陛下、証文は大金貨八枚でございます」
「しかし其方は十枚で買い取ったのではないのか?」
「私はこれをシンサクに大金貨八枚で返してやるつもりでおりました。ですから陛下に十枚でお売りすることは出来ません。八枚でしたらお売り致します」
この男爵、なかなか男気に溢れているようだ。
「相分かった。では大金貨八枚を取らす。それでよいのだな?」
「はい、ありがとうございます」
そして俺はシンサクとおマサの方に顔を向ける。すると慌ててシンサクがおマサの頭を押さえつけながら、共に土下座を始めた。
「へ、へへ、陛下とは知らず……あの、ご、ご無礼を……」
「シンサク、頭を上げろ。そしておマサを放してやれ。女の子の顔に傷がつくぞ」
俺は笑いながらおマサを抱き起こし、顔や服に付いた土を払ってやった。
「おマサ、大丈夫か?」
「あの……」
「うん?」
「貴族様は、本当に国王様なのですか?」
「皆はそう言っているがな、気にするな」
「聞いてもよろしいですか?」
「何だ?」
「貴族様が国王様なら、貴族のお姉さんはお姫様なのですか?」
「あはは、あれは余の妻だからな。お姫様ではなくお妃様だ」
「お妃様……そんな偉い方なら、もう会えないのでしょうか……」
そう呟いたおマサは本当に寂しそうだった。だから俺は彼女の望みを叶えてやりたいと思ったのである。
「なあ、おマサ」
「はい?」
「お妃様は偉い人だと言ったな?」
「はい……」
「ではその偉い人が嘘をつくと思うか?」
「いいえ、思いません」
「なら思い出せ。余の妻は其方に何と約束した?」
「いつでも会えますよって……ほ、本当ですか?」
一瞬にしておマサの顔がキラキラと輝き出す。こんな彼女をスズネさんが見たら、思いっきり抱きしめるに違いない。
「どうしても会いたくなったらそこの衛兵に願い出ろ。聞いたな衛兵、このおマサの願いは必ずスズネに通せ」
「御意!」
「国王様! ありがとうございます!」
俺は涙を流して喜ぶおマサの頭を撫でると、次にシンサクの方に向き直った。
「さて、シンサク」
「ひゃ、ひゃい!」
ひゃいって、男のそんな声を聞いても気持ち悪いだけなんだが。
「これはお前のものだ」
「へ?」
俺は呆気に取られている彼に残りの大金貨を手渡した。
「けどよ旦那……じゃなかった、陛下!」
「呼び方など気にするな、お前らしくもない。それだけあれば新たに土地を買って農業を続けることも出来るだろう」
元の土地と同じくらいの規模なら、残りの大金貨二百九十二枚で十分お釣りがくるはずである。
「それはそうなんだけど……」
「どうした、何か他に望みでもあるのか? この際だ、聞けることなら聞いてやるぞ」
そんな俺の言葉に、シンサクは思いも寄らない応えを返してきた。
「なら金なんかいらねえ。その代わりお城で働かせてくれねえかな」
さすがにこれには、その場にいた全員が固まっていた。だが俺は、そんな彼の望みも叶えてやりたいと思っていた。




