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第十四話 それでアイツはあんなに塩を……

 七日後、普段おマサが靴磨きの店を出しているところには、おマサとシンサクの二人だけが暗い表情で(たたず)んでいた。そこへイヌカイ一家の親玉を先頭に、サンジと手下が付き従って歩いてくる。サンジとその手下は約束の場所に貴族の姿がないことを見て、口元に不敵な笑みを浮かべていた。


「ようシンサク、貴族様はどうした?」

「……」


 サンジの言葉にシンサクは黙ったままうつむく。


「シンサク、金は用意出来たか?」

「いや、出来なかった」


 イヌカイの親玉は抑揚のない声色で尋ねたが、それに対してシンサクは悔しそうに唇を噛んで応えた。


「そうか……おい、サンジ!」

「へい、親分。何でございましょう?」

「この落とし前はどう付けるつもりだ? おめえが大丈夫だってえから証文を買い取ったんだぞ」

「へい、それでしたらあっしにお任せ下せえ。数日のうちにきっちり大金貨八枚、用意してご覧に入れやさあ」


 ところがそこで親玉がサンジを胸ぐらを掴んでねじ上げた。


「お、親分?」

「てめえ、俺が七日と言わず十日でいいって言ったのを七日と言い切ったのは誰だ?」

「そ、それはあの貴族が……」

「あ? その貴族ってのはどこにいる?」

「いえ、ここには来ちゃいませんが……」


 おかしな雲行きにサンジは戸惑っていた。いつもなら親分は金が取れないと知ると、後は彼に任せてさっさと立ち去っていたからである。それが今日はどうも様子が違う。このままでは自分が酷い目に遭わされそうだ。サンジはそう考えて慌てて言い訳をせざるを得なかった。


「ま、待って下せえ親分。夕刻、夕刻までには金を用意いたしやすから」


 急いで奴隷商にシンサクを売り飛ばせば、夕刻までなら間に合うはずだ。多少足元を見られて買い叩かれる可能性は否定出来ないが、こうなっては背に腹はかえられない。


「そうか」


 言うと親玉は胸ぐらを掴んでいた手を放し、サンジを後方に突き飛ばした。


「よし。それなら今から行ってこい。俺はここで待っててやる」

「え? いや親分、それじゃシンサクを連れて……」

「シンサクを? 何でてめえに借金の(かた)を渡してやんなきゃなんねえんだ?」

「いや、ですからそれは……」

「いい加減にしやがれ!」

「ひっ!」


 親玉はそう言うとサンジの腹をこれでもかという勢いで蹴り飛ばしていた。たまらず彼はその場で腹を押さえて身悶える。


「この恥曝(はじさら)しが!」


 それでも執拗に彼を蹴り続ける親玉の姿に、さすがに見ていられなくなった俺は城門から出ていくことにした。


「イヌカイ、そのくらいでいいだろう」

「はっ! お、親分、ソイツです! ソイツが七日でいいと……ぎゃっ!」


 俺の姿に気付いたサンジが指差すのを見て、親玉は彼の頭を踏みつけていた。


「馬鹿野郎! てめえこのお方をどなただと思ってやがる!」

「お……親分?」




 遡ること数日前、イヌカイ男爵の(やしき)に一組の男女が訪れていた。


「イヌカイ殿、お人払いを」


 二人を出迎えた男爵に、女が取り巻きを下がらせるように耳打ちする。彼女の口調は柔らかかったが、男爵は目の前の二人から大の男でも背筋が凍るほどの恐ろしさを感じずにはいられなかった。


「何モンだ、アンタらは?」


 それでも恐れていることを気取(けど)られるわけにはいかない。努めて冷静に彼は言葉を発した。


「こちらは王国第五王妃、ウイ妃殿下にあらせられる」

「そしてこちらは私の父、アザイ・ナガシゲです」

「お、王妃殿下?」


 これにはさすがの男爵も驚かずにはいられなかった。彼は爵位こそ男爵だが領地を持っているわけでもなく、少し大きめの邸に子飼いを数人養っている程度の小貴族である。そんな取るに足らない自分の許に、王国の妃が訪れるなど(にわか)には信じられるはずがなかった。


「アンタら、俺を(かつ)ごうってんじゃねえだろうな」

「信じられませんか? ではこれをお見せすればよろしいでしょうか?」


 そう言って彼女が懐から取り出したのは、王家の紋章が刻まれた懐剣だった。そんなものを見せられては信じないわけてはいかない。男爵はその場に(ひざまず)き、非礼を詫びるしかなかった。


「妃殿下に対するご無礼、(ひら)にご容赦下さい」

「よいのです。それを(とが)めに参ったのではありませんから」

「おい野郎共、下がってろ!」

「へい!」


 その後彼女が語ったのは、彼の許にいるサンジの悪行についてだった。シンサクの家の畑に塩水を撒いて使い物にならなくしたこと、そのせいで彼の両親が首を吊って自殺したことなどである。また、男爵に証文を買い取らせてそれをネタにシンサクを脅し、彼を奴隷商に売り飛ばすつもりでいることも付け加えた。


「それでアイツはあんなに塩を……」


 どうやら男爵にも思い当たる節があったようだ。


「で、私はその償いをしなければならないのですね?」

「はい。と言ってもイヌカイ殿に首を差し出せとは申しません。サンジと言う人を……」


 それから二言三言彼女が囁くと、男爵は険しい顔で大きく頷いた。


「分かりました。仰せの通りに致します」




 そして今、俺の目の前でサンジと彼の二人の手下は、城の衛兵によって取り押さえられていた。さてこれから仕上げだ。俺はゆっくりと彼らの前に歩みを進めるのだった。

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本作の第二部は以下となります。

暴れん坊国王 〜平凡だった俺が(以下略)〜【第二部】

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