第八話 お前にもそんな日がくることを俺は願っているぞ
「二人はここで待っていてくれ。国王から許可を貰ってきてやる」
食事を終えた俺たち五人は、その足で城門の前まで来ていた。目が見えないおマサはシンサクに手を引かれて付いてくるだけだったが、当のシンサクはその場に立って呆けるばかりである。
「スズネさん、ウイちゃん、悪いけど二人をお願い」
「分かりました」
そうして城門をくぐると、普段着姿の俺を見咎めようとした衛兵が固まっていた。何の前触れもなくラフな出で立ちの国王が現れたのだから無理もないだろう。俺は彼らに、シンサクたちが俺の身分に気づかないように振る舞えと命じて城の中に入った。
「な、なあ、スズネさんだっけ?」
「はい、何か?」
「あのよ、俺はよく知らねえんだが、国王様ってのはそんなに簡単に会えるもんなのか?」
「どうでしょう。普通は謁見を願い出て、許可されてからだと思いますけど」
「な、ならよ、何でアイツはあんなに簡単に……」
「ああ、あの方は特別なんです」
クスクスと笑うスズネさんに、シンサクは戸惑うことしか出来なかった。
そんなやり取りがあったことを俺は後からスズネさんに聞かされて、思わず笑ってしまったよ。そして小半時ほど待たせてしまったが、俺は急いでツッチーに許可証を書かせてから四人の許に戻ったのである。
「ほら、これが許可証だ」
「す、すげえ、本物かよ」
「正真正銘、国王の花押入りだ」
「花押……何だか変な形だな」
ここでまたスズネさんとウイちゃんが笑いを堪えていた。はいはい、すみませんね。どうせ俺は字が下手くそですよ。
「それからこれを前に貼り出しておくといい」
そう言って俺はもう一枚の紙を差し出した。
「何だこれ。何々、城に入る者、よく身なり清浄に。殊足元に汚れなきよう。タケダ王国国王タケダ・イチノジョウ……って、これは……!」
「国王からの手向けだそうだ」
これを見れば、入城前に嫌でもおマサに靴磨きを頼まずにはいられないだろう。何と言っても国王が足元を清潔にしてこいと言っているのだから。
「な、何てこった……もう国王様に足向けて寝られねえじゃねえか」
シンサクの奴、今まで俺に足を向けて寝ていたってことか。けしからん。
「よかったわね、おマサさん」
「おい、おマサ、土下座だ! 国王様に土下座して礼を言うんだ!」
言うが早いか、シンサクはその場でいきなり土下座していた。彼の横でおマサも同じように土下座を始める。
「おいおい……」
次にシンサクは立ち上がると、苦笑いの俺とスズネさん、ウイちゃんに向かって深々と頭を下げた。
「アンタたちにも礼を言わなきゃな。それから改めて、非礼を詫びさせてくれ」
「全てはおマサさんを思ってのことでしょう。お気になさらずに」
「あのよ、スズネさん……いや、スズネ様」
「は、はい?」
「よかったらあの技、俺にも教えてくれねえかな?」
「あの技?」
「ほら、あの時俺の後ろに回ってこう首のところに……」
「ああ、あれですか」
スズネさんは困った顔で俺に助けを求めてきた。正直なところスズネさんのあれは長く辛い修行の成果である。はいそうですか、と軽々しく教えられるものでもないだろうし、そもそも彼女は王妃という立場にあるのだ。可哀想だがシンサクの望みを叶えることは出来ないだろう。
「シンサク、彼女は俺の妻でな。妻には色々とやらなければならないこともある。悪いがお前に付き合わせる時間はないんだ」
「そうか。まあしゃあねえわな。いや、無理言ってすまなかった」
「そう言えばおマサ、お前住まいは? ここまで通うのに遠くないか?」
特に俺たちが遠く感じない距離でも、おマサにとっては不都合になるかも知れない。ところが、おマサは寂しそうにこう応えたのである。
「住まいは……ありません。公園で寝たり、雨の日はどこかの軒下や家畜小屋に潜り込んだり……」
それでも、家人に気付かれたら追い出されるそうだ。これまで誰一人、彼女に一宿一飯を恵もうとする者はいなかったらしい。
「コイツうちに来いって言っても聞かねえんだよ」
「だってシンサク様のご両親に嫌われてるし……私……汚いし……」
「馬鹿言ってんな! お前は汚くなんかねえ! うちの親に言われた言葉なんか気にするな」
一応シンサクもおマサを家に招こうとしていたわけか。しかし彼女にとってみれば、彼の両親に汚いなどと言われては敷居を跨ぐことが出来なくなるのは当然である。
「スズネさん、宿舎に空き部屋はなかったかな」
「チハヤ・タツノスケ殿と一緒に住むことになったサユリさんの使っていた部屋が空いてます」
「そうか。あそこは確か……」
「二号宿舎、ここから目と鼻の先です」
「おい、一体何の話をしているんだ?」
俺とスズネさんの話に耳を傾けていたシンサクが訝しげな声で尋ねてくる。それを無視して俺はしゃがんでおマサに語りかけた。
「おマサ、城門の前で働くお前が宿なしというのはまずいだろう。住まいも世話してやるから付いてくるがいい」
「え? そ、そんな……」
「どういうことだよ?」
「付いてくれば分かるさ」
二号宿舎は一棟に四戸の部屋が並ぶ長屋である。単身者を対象とした造りで、六畳ほどの広さの部屋と三畳ほどの寝室として使える部屋がある。ただこの二号宿舎には内風呂があり、城で働く独身者には人気の高い物件だったのだ。
「どうだ、ここなら城からも近いし、他の住人も女ばかりだから安心だろう」
今は住む人のいないこの部屋は、当然ながら家具などの調度品はない。しかし出る時にサユリがきれいに掃除していったようで、どこもかしこも清潔に保たれていた。
「ここを出ていった前の住人はな、今は好きな男と幸せに暮らしている。おマサ、お前にもそんな日がくることを俺は願っているぞ」
俺がそう言うと、おマサは目にいっぱいの涙をためていた。




