第六話 いや、駄目だ
帯刀した声の主は俺やスズネさん、ウイちゃんには一瞥もくれることなく、倒れたままの少女に向かって進んでいった。
「お、親分……」
「へえ、ネズミの親玉のお出ましかい」
青年の言葉に、その親玉はギロっと彼を睨みつけたが、すぐに少女の前にしゃがんで彼女の手を握った。
「嬢ちゃん悪かったな。これで好きなもん買いな」
「こ、こんな……頂き過ぎです……」
「ん? お前は……いいから取っときな。ウチの若いモンが迷惑かけたようだしな」
そう言って親玉が手渡したのは大銀貨だった。これはなかなか見所があるじゃないか。俺はその行為に感心し、何となく胸の空くような思いだった。
「ネズミの親玉にしちゃ、いいところがあるじゃねえか」
「若僧、お前の名は?」
「ネズミに名乗るのも馬鹿馬鹿しいが、俺の名前はシンサクってんだ」
まずい、あれでは調子に乗り過ぎである。イヌカイ一家の親玉は間違いなく貴族だ。しかしシンサクは自分を睨みつけてきている相手を睨み返しているので、彼が帯刀していることに気付いていない様子である。いくらあの親玉が気っぷのいい男だったとしても、貴族に対する無礼を放っておくとは思えない。
「シンサクか。貴族の生まれか?」
「へっ! うちは代々畑仕事してる平民さ」
「そうか。せいぜい長生きして親を助けてやるんだな。野郎共、行くぞ!」
「へい!」
しかし俺の心配をよそに、親玉は手下を引き連れてその場を去ったのである。全く肝を冷やすとはこのことを言うのだろう。
「あなた、大丈夫?」
そんな俺の気持ちとは関係なく、スズネさんは少女を助け起こしていた。
「はい、あの……」
「さ、立って」
「おい、アンタ」
その二人の許にシンサクが歩み寄る。
「あそこにいるのはアンタの連れか?」
「そうですけど、それが何か?」
「そうか」
そして今度は俺とウイちゃんの方に向かってシンサクがドカドカと歩いてくる。
「おいお前!」
「余……俺のことか?」
「えっらそうに、何が余だ!」
だから言い直したじゃないか。
「俺に何か用か?」
「お前、あの女にその子を助けさせようとしてただろ?」
「見ていたのか」
「見ていたのかじゃねえよ! 何で男のお前が行かねえんだよ!」
なるほど、シンサクはそのことで怒っているのか。
「体はでけえし見てくれも相当のようだがな。だからって女を盾にするなんざ男の風下にもおけねえぞ!」
「いや、それを言うなら風上ではないか?」
「てめえは風下にもおけねえ奴だって言ってんだよ!」
「そ、そうか」
「それから女!」
今度はスズネさんに文句を言うつもりのようだ。
「言っちゃ悪いがこの男はアンタには釣り合ってねえ。だからコイツも図に乗るんだよ。悪いこたあ言わねえから、分相応な相手を探しな」
ここにきてシンサクはそのものズバリを言ったわけではないが、暗にスズネさんの容姿を蔑んだのである。さすがにこれには俺もそうだが、スズネさんも我慢出来なかったらしい。彼女の袖からその手に苦無が滑り込んだのが見えた。ここで俺たちの身分を明かせば、シンサクは無礼討ちを免れないだろう。しかしこんな街中でスズネさんに人殺しをさせるわけにはいかない。俺は仕方なしに小さく首を横に振って彼女に自分の意思を伝えた。
その時である。スズネさんの姿が一瞬視界から消えたかと思うと、彼女はシンサクの背後に回り込んでその首に苦無を突きつけていた。
「あなた、お言葉が過ぎますよ。声を出せなくして差し上げましょうか?」
「へ?」
シンサクは訳が分からないという表情を見せたが、苦無の先端が首に触れて状況を理解したようだ。
「ま、待ってくれ! アンタ一体……?」
「シンサクと言ったか。これで俺が彼女に任せた理由が分かったかな?」
「わ、わわ、分かった」
「それはよかった」
俺はゆっくりと少女の許に歩み寄り、その頭を軽く撫でてから言葉をかけた。
「お前、名は何という?」
「おマサと申します、貴族様」
「うん? どうして俺が貴族だと?」
「匂いで分かります。貴族様、そのシンサク様が私を助けてくれたのは今日が初めてではないんです。ですからどうかシンサク様をお許し下さい」
「まあ……」
驚いた。この目が見えない少女は、匂いで俺を貴族と見抜いたのだ。スズネさんもウイちゃんも同じように驚いた顔をしている。
「本当なのか、シンサク?」
「ま、まあな……ってそれよりお前貴族だったのかよ」
「何だ、貴族と知ってもその言葉遣いか」
「うるせえや。貴族様がどうしたってんだ。自分らばっかし旨いモン食いやがって、そのおマサを見てみろ」
「うん?」
「細っこい手足に骨と皮ばかりの体だ。おまけに目も見えないときてる。そんな子供に手を差し伸べることすらしねえで、敬えって方が土台無理なんだよ!」
「これは手厳しいな」
「ふん! 無礼討ちでも何でも好きにしやがれってんだ」
「ダメだよシンサク様、貴族様にそんな口をきいちゃ」
おマサは手探りでシンサクの方に向かって歩き出す。それを慌てて彼は抱きとめた。
「シンサク様が死んじゃったら、誰が私を助けてくれるの?」
「うっ……」
「お願いです、貴族様。私も謝りますから、シンサク様を無礼討ちにしないで下さい。お金だったらこれを……」
そう言って彼女は、先ほどイヌカイ一家の親玉から受け取った大銀貨を差し出してきた。
「いや、駄目だ」
「そ、そんな……」
だが俺は、そこでシンサクに鋭い視線を送ったのだった。




