第一話 余の話を最後まで聞かん奴ばかりで参ったぞ
「この度は陛下、並びに妃殿下のご尊顔を間近で拝する栄誉に浴しましたること、誠もって恐悦至極。末代までの語り草とさせて頂きます」
「うむ、其方らがチハヤ家の者であるな。面を上げよ」
俺の前に跪いていたのは三人、向かって右が現在の騎兵隊の隊員チハヤ・タツノスケで、真ん中がその父カズオミ、向かって左が母親のチヅルである。そしてそこから少し離れた位置にもう一人、前に会った時より心なしかめかし込んでいるように見えるのはユキたんの侍女サユリだった。
壇上の俺の隣にはユキたんが並び、背後の離れた位置にサユリを除いた彼女の侍女が控えている。ユキたんの妊娠初期の体調不良はもうすっかりなりを潜めていたが、念のために侍女を側に置いているというわけだ。
「チハヤ・カズオミ殿。本日陛下が其方らを招いた理由は分かりますか?」
「恥ずかしながらこの身に覚えなく。もしや息子が何かしでかしたのではないかと、内心冷や冷やしている次第にございます」
「ではチハヤ殿。そこに控える女性に見覚えはあるか?」
俺がサユリに目線を移すと、タツノスケの両親も揃って彼女の方に顔を向けた。その瞬間、二人の表情が訝しげなものに変わる。
「はい。サユリ殿とお見受け致します」
「そのサユリが、貴殿の子息と恋仲であるということも知っておろうな?」
実はユキたんから聞かされていたのは、単なるサユリの片想いではなく、二人が両想いだということだった。ただ、騎士の称号によって準貴族の身分にあるタツノスケに対してサユリは平民であったため、体面を気にするこの両親が二人の交際を許してくれないということだったのだ。
「ですが陛下、サユリ殿は平民。しかも二親を早くに亡くし、孤児院にて育てられたと聞いております。対して我がチハヤ家は代々騎士の称号を拝する家柄にございますれば、釣り合いというものが……」
「だがサユリは我が妻、それも第一王妃の侍女である。そのサユリを、王族の側に仕える者を卑しいと申すのであれば、其方は余を卑しいと申しているのと同じことぞ!」
「け、けけ、決してそのようなつもりは……」
俺の言葉にチハヤの当主は震え上がっていた。無論俺にも彼にそんなつもりがないことくらい分かっている。しかし、たかが身分で人の良し悪しを判断しようとするその考え方が、俺は何よりも大嫌いだったのだ。
「陛下に申し上げたき儀がございます」
そこで夫に代わり声を上げたのは、妻のチヅルであった。
「許す。申してみよ」
「確かにサユリ殿は王妃殿下の侍女を務める方。私共も卑しいなどとは微塵も思っておりません。ですが育った環境が違いすぎることは明白にございますれば、サユリ殿が当家の嫁となった場合、苦労をすることになるのは目に見えております」
「なるほど、一理あるな」
「陛下!」
思わず、といった感じでサユリが声を上げた。だが――
「サユリ、其方に発言を許した覚えはないぞ」
「はっ……も、申し訳ございません……」
「陛下、先ほど我が夫が申し上げました通り、当家は王家より何代にも渡って騎士の称号を賜ってきた、言わば名門にございます」
「うむ」
「その当家に、場を弁えることすらままならない娘が嫁にきたところで、私共がよくても縁者が何と申しますことやら……」
アンタも大概だよ、と俺は苦笑いするしかなかった。仮にも王妃の侍女を罵っているのである。ここは是が非でもぎゃふんと言わせてやらなければならないだろう。
「相分かった。其方らの言い分はもっともである」
「陛下、私にも発言をお許し下さい」
今度は当のタツノスケだった。彼は流れ的にサユリとの仲を引き裂かれるのではないかと思ったのだろう。この際だ。彼の言葉も聞いてみよう。
「許す。申せ」
「陛下、私は……私は……」
「どうした、早く申せ」
「誠に勝手ながら、今日を限りに騎兵隊を辞したいと存じます!」
「た、タツノスケ様!」
「タツノスケ、お前は何という……」
「騒ぐな! 余が発言を許したのはタツノスケのみであるぞ!」
「で、ですが陛下……」
「チヅル、其方も場を弁えてはおらぬようだが?」
「はっ……」
慌てふためいた母は、先ほどの自分の言葉を思い出したのだろう。悪くもないサユリを睨みつけていた。
「タツノスケ、騎兵隊を辞めるということは、其方は騎士の称号を返上しなければならないが、それを知ってのことだな?」
「仰せの通りにございます」
「辞めてどうするのだ?」
「チハヤ家を出ます。そして、サユリ殿と一緒になります」
「そ、それはなりませぬ、タツノスケ様!」
タツノスケの言葉を聞いて、サユリは思わず悲鳴のような声を上げた。
「そのようなことをなされてまで私のような者と……」
「タツノスケ、そこまでして其方はこのサユリと添い遂げたいと申すのだな?」
「は、はい! 身勝手なのは承知。ですが陛下……」
「相分かった。だが騎兵隊を辞することは許さん」
「へ、陛下……」
「話は最後まで聞け。チハヤ殿、其方らはサユリの生い立ちが問題と申したな」
「え? は、はい。まあ……」
カズオミもチヅルも、何となくバツの悪そうな表情になっている。息子の気迫に気圧されたのかも知れない。
「そしてサユリに両親はおらんのだな?」
「はい……」
対してサユリの方は不安そうな表情だ。
「ならばユキ」
「はい。サユリさん、貴方に暇を与えます」
「え? 王妃殿下、それは一体……?」
「貴方には明朝、オオクボ王国に発って頂きます。国境には迎えの者が来る手筈になってます」
俺とユキたんを除いた全員が、訳が分からないという顔になっている。
「このユキの実家はな、オオクボ王国のタノクラ男爵家なのだ。サユリはこれよりそのタノクラ家の養女となって、貴族としての振る舞いを存分に学んできてもらう」
「陛下、それでは……!」
「どうだチハヤ殿、サユリは晴れて男爵令嬢となるわけだ。これならば文句はあるまい」
「も、もちろんでございます、陛下!」
「全くどいつもこいつも、余の話を最後まで聞かん奴ばかりで参ったぞ」
こうして翌朝、サユリは伴の者数人を連れてタケダの地を後にしたのだった。




