第十話 ツチミカドに何かされたのか?
「まずは我が主がこの場にないことを深くお詫び申し上げます」
約一ヶ月の時が過ぎた今日、とうとうオダ帝国との自由貿易が合意に至り開国の儀を迎えていた。すでにオダ国側の国境には多くの商人が列を成しており、こちら側にはオダに渡って豊かな暮らしを夢見る移住希望者が大挙している。予想していたこととは言え、少々複雑な気分だ。だが――
「城下はかつてない活気に満ち溢れておりますぞ」
マツダイラ閣下のこの言葉通り、商い主制度を廃止した町は商い税の大幅な削減も手伝って、これまでで最も賑わっているように見えた。許可なく売買してはならないとした人身や武器弾薬の類、薬を含めた医療行為に関しては例外だが、制度の廃止は商売の自由を意味する。ということは売値も自由なのだから競争が生まれるのは当然の成り行きだった。
「町が活気づけば雇用も増えるじゃろ。雇用が増えれば金も動く。それは国が豊かになることに他ならないということじゃ」
色々端折られた説明だったが、アヤカ姫が言いたいのはつまり、人が集まれば消費も増える。その需要に応えるために生産も増える。生産を増やすためには人手が必要、という意味で雇用が増えると言っているのだ。
「一時的に領内からオダに出ていく者は多くなるはずじゃ。そしてオダからは、我が国にはないような珍しい物を売りに商人が大勢やってくる。じゃがいずれその商人が我が国の噂を広めてくれることになるじゃろう。ならば辛抱から始まることを覚悟せねばなるまい」
今、この国境はアヤカ姫の予言通りになっている。予想していたというのはこういう会話があったからだ。
「そう言えばアケチの姿が見えんようだが」
「あの者は主の不興を買いまして、僻地へ飛ばされました」
「左様か。皇帝陛下にもいずれはお会いしたいと、そう伝えておいてくれよ」
「御意に」
俺とキノシタ公爵が握手を交わし、互いの国境の門は大きく開かれた。
「侍女見習いの選考が終わったって?」
開国からさらに数日後のこと、昼食の席には俺と六人の妻たちが一堂に会していた。俺の斜め後ろにはツッチーが控えており、妻たちの後ろには一人ずつメイドさんが控えている。食事時にはウイちゃんも実体として何食わぬ顔で参加するのだ。だから彼女が幽霊であるということを知っているメイドさんはいない。
「はい、それと選考漏れした者の雇用を申し出た家は、最終的に六つになりました」
「こちらの出した条件は全て了承しているのだろうな?」
「もちろんにございます。調査した上でも問題はございませんでした」
「ならばよい」
「その方たちはもうお城に?」
何故かユキたんが目を輝かせてツッチーに尋ねた。まあいずれはそのうちの一人が自分に付くことになるのだから、興味を持つのも致し方ないだろう。
「はい。今は妃殿下方付きの選考に漏れました者も含めて十二人全員が、侍女頭のおチヨ殿の許で心得を学んでいるものと存じます」
「十二人? 十一人ではないのか?」
「雇用を申し出た中にゴトウ伯爵家がございまして、そちらが二人雇いたいということでしたので」
ゴトウ伯爵と言えばタケダに古くから仕え、城の西に広大な領地を持つ名門である。そのゴトウ伯爵が特に気立てがよく、見目麗しい者を所望したという。そこで不審に思って訳を尋ねたところ、息子の嫁候補に考えているというのがその理由だったそうだ。
ところでゴトウ伯爵家ほどにもなれば、嫁候補など引く手あまたのはずである。しかし伯爵曰く、嫁に迎えるのに身分などは問題ではなく、王妃の侍女になれるほどの器量を備えた者を求めているということだったらしい。ただし、家柄のこともあって見た目はある程度重要視する必要があったそうだ。
「その息子にはまだ妻はないのか?」
「はい。そう聞いております」
ということは正妻と第二夫人候補である。お高くとまった貴族の娘より王妃の侍女候補に目を付けるとは、さすが名門と謳われる伯爵だけのことはあると思う。
「ぜひお会いしてみたいです。叶いませんか?」
「不可能ではございませんが、見習いの身で妃殿下のお顔を拝させるなど……」
「構わん、余も会うてみたい」
「陛下まで……畏まりました。ではおチヨにそのように伝えましょう。刻限は一刻ほど後でよろしいでしょうか」
一刻とは約二時間である。
「うむ。謁見の間に通しておいてくれ」
「御意」
そうして間もなく、俺たちの前には昼食として例の厨房の賄い料理が運ばれてきた。相変わらず美味いが今日のはまた格別だ。一口大の鶏肉を卵に絡めて、出汁で煮込んだものが白いご飯に乗せられている。いわゆる親子丼というものだが、こちらの世界では初めて食べる味だった。
「これ、美味しい!」
甘辛い出汁も絶妙な味加減である。そのあまりの美味さにユキたんも声を上げていた。ところが俺はその時、何となくこの食堂の空気がおかしいことに気づいた。何故かメイドさんたちが、モジモジしながらちらちらとツッチーに視線を送っているのである。そこで俺は一番近くに立っていたユキたんの後ろのメイドさんに声をかけた。
「どうした? 何かツチミカドに言いたいことでもあるのか?」
「は! へ、陛下! も、申し訳ございません!」
「謝ることはないが、ツチミカドに何かされたのか?」
「陛下! あんまりでございますぞ!」
冗談のつもりで言ったのに、ツッチーはお冠のようだ。でもこの人がこんな風に怒ったのは初めて見たよ。
「何かあるならお話しなさい。陛下はちゃんと聞いて下さいますよ」
ユキたん、ナイスフォロー。しかしそれに応えたのはツッチー本人だった。
「陛下、実はですね」
ツッチーが語ったこと、それは思いもしなかったメイドさんたちの願い事だった。




