第九話 打ち首獄門とする
「やはり衣食住についてはかなり虐げられていたようですね」
俺とアヤカ姫はサナとリツから話を聞いた後、再び執務室に戻っていた。彼女らによると、特にかつての主人であったタケダ・トラノスケ王子は奴隷に対して冷酷であったようだ。
食事は基本的には一日に一度、だがそれが三日と続くことはなかった。寝床は家畜小屋の一室で、水浴びは近くを流れる小川の最下流を使うことのみが許されていたそうだ。最下流と言っても城壁で囲まれた範囲内ではあったが、当然その場所には汚水も流れてくる。そして何より、この小川は冬には氷が張るほどだった。
衣類に関しても、与えられるのは麻の布に首を通す穴が開けられた物と腰紐のみだったそうだ。無論下着などは用意して貰えない。しかし奴隷は労働に対しての賃金を支給されないので、自分で買うことも出来ないのである。
「定められた敷地内から半歩出ただけで酷く叱責されたとも言ってましたね」
「中には生きたままスノーウルフの餌にされた者もおったとは……」
「その話を聞いた時には俺も背筋が凍りましたよ」
奴隷はいくら殺してもすぐに奴隷商人が補充するので、労働力に困ることもなかったそうだ。トラノスケ王子が死んだ後は、得意先を失った奴隷商がこの城を訪れたこともあったが、俺は彼を追い返すように命じた。しかし今となってはあの奴隷商に扱われている奴隷たちの身が案じらてならない。
「ひとまず日に三度の食事と湯浴みの自由、それから屋敷または城内に外光が射し込む窓がある部屋を用意すること、でしょうか」
「体罰も禁じねばならんじゃろ。賃金はどうする? 妾はその辺りの話には疎くてな」
親子三人が一ヶ月間、不自由なく暮らすのに小金貨一枚、大銀貨にすると二十枚もあれば十分と言われている。これが一人暮らしだと単純に三分の一というわけにはいかないだろうが、住み込みで雇われた場合は衣食住のうち、食と住まいにかかる経費がなくなる。ということは最低限、成人女性が休日に買い物や娯楽を楽しめて、多少蓄えが出来る程度の賃金でいいはずだ。
「そうですね、最低大銀貨五枚というのが妥当なところかと。贅沢をしなければ少々衣類や嗜好品などを買っても蓄えも出来るはずです」
その他、完全な休日を最低七日に一度は与えることと、本人の誕生日は休日とすること。月に一度は王城に登城させてありのままの現状を報告させること。年末年始とその他に一度、三日程度の里帰りを許すこと。性的関係を持った場合は国の法により女性の権利、つまり婚姻の権利が発生する場合があることなどを盛り込んだ。これらは王城で働く侍女たちにも許されている、あるいは与えられている権利である。
ただし王城では賃金に関して、仕えた年数などにより違いはあるものの、最低でも大銀貨十枚が支給されているはずだ。そして休日ももう少し多く与えている。
「これなら女性たちも安心して侍女働き出来るのではないでしょうか」
「そうじゃな。妾もユキ、それから他の者の侍女たちの意見も聞いて、最終的に決めるとしようかの」
それから数日後には、侍女雇いの条件として雇用を希望していた家々に通達されたのだった。
「裁きを申し渡す」
両手首を後ろ手に縛られ、縄をかけられたウメ姫は、身動ぐことなく俺の目を見つめていた。そこには恨みの念はなく、素直に俺の裁決を受け入れる覚悟の灯が灯っているように見える。
「妹二人を使い余の命を狙ったは重々不届き。さらに、オダ帝国に身を寄せ王国に戦争の危機を招いたことは、一国の姫として許し難き所業。よって打ち首獄門とする」
貴族、しかもとりわけ王族に対しての打ち首獄門の刑は、一般貴族や平民などに対するそれとは意味合いが大きく異なってくる。王族が獄門台に首を晒されるというのは、この上なく不名誉なことなのだ。
さすがにこの裁定には、玉座の間に集まっていた誰もが驚いた表情を浮かべていた。死罪は致し方ないとしても、まさか獄門までとは思っていなかったからだろう。しかしそれでもウメ姫は、深く頭を下げてこう言った。
「兄様、いいえ、国王陛下。此度はお命を狙い、王国を危機にさらしたこと、深くお詫び申し上げます」
「キクの弔いについては気が済んだか?」
「はい、お心遣いに感謝致します」
「左様か。時に其方は何か忘れてはおらぬか?」
「は……い? まだ何か受けなければならない罰がございますでしょうか?」
「いや、罰ではない」
言うと俺は玉座から立ち上がり、ウメ姫の前に歩み寄った。一同がその様子を固唾を飲んで見守っている。
「マツの弔いは済んだのか、と聞いているのだ」
「マツ……マツの弔いはキクが済ませたものと……」
「其方は済ませておらんのだろう?」
「はっ! 兄さ……陛下、まさか!」
「皆に申し渡す。本来ならばこの者は先の裁きの通り打ち首獄門である。ただし余が進める政策に対し、大きな助力を成したことに対しては恩賞を与えねばならぬ」
そこで俺は再び玉座に戻る。
「よって罪を減じ、流罪とする。なお、女子の身なれば遠島ではなく、尼寺に出家することを特に差し許すものである」
見るとウメ姫は相変わらず俺の顔を見つめたままだったが、その瞳からは涙が止めどなく流れていた。
「ウメ、其方は王族というしがらみを捨て、尼僧として妹二人を弔いながら穏やかに暮らすがよかろう」
「陛下……兄様……」
「以上だ!」
俺が玉座を立つと皆が一斉に跪き、深く頭を下げていた。中には嗚咽を漏らす者もおり、俺は今回の裁定が間違ったものでなかったと安堵しながらその場を去ったのであった。




