第五話 キノシタ殿に縄打て!
「お初にお目にかかります。キノシタ・トウキチにございます」
俺のキノシタ公爵に対する第一印象は猿そのものだった。しかし猿は猿でも俺から見たら凛とした面持ちなので、こちらの世界では美男子とは見られないはずである。
「此度の開国に関する陛下のご英断には感服致しました」
「余は民草が苦しむ争いを好まぬ故、な。それに貴国との国力の差は歴然。なれば争うより国交をもって互いの繁栄に尽力した方がよいと考えたのだ」
「さすがは陛下。しかし長の鎖国には肝を冷やしましたぞ。我が国に牙を剥くのではないかと」
そういうことか。これでウメ姫のことを帳消しにしようという算段らしい。しかしそうは問屋が卸すものか。
「笑止。我が国に貴国に戦を仕掛ける義はない。余は高齢の父が貴国の間者の手にかかる大事を憂いたのだ」
俺のこの言葉で場の空気が一気に張り詰めた。だがさすがに次期皇帝と目される人物である。キノシタ公爵は顔色一つ変えることはなかった。
「さて、それでは開国における自由貿易について意見を交換致しましょう」
「よかろう」
「我が主である皇帝陛下より賜った条件は次の通りです」
キノシタ公爵が述べたのは、まず人々の国境往来の自由の保証。次いで入国に関する税は最低限の経費を賄うのみとして大銀貨一枚。物品の輸出入にかける関税はなし。商人は商売をした土地に定められた商い税のみを納める、というものだった。
「我が方にも異存はない。ただしそこに足りぬものがある」
「何でしょう?」
「軍隊またはそれに準ずる者の往来は認めぬ。また武器等の輸出入も禁ずる、ということだ」
「確かに軍隊の往来は同盟関係になければ侵略行為とみなされますからな。武器も然り」
「これらの条件なら、余に貴国の申し出を断る理由はない」
「かしこまりました。それでは即刻我が主の裁定を仰ぎ、すぐに使者を送りましょう。おそらく何も問題はないと存じますので、陛下に置かれましてはご準備をお進めになられますよう」
「うむ、相分かった」
キノシタ公爵はその場で今の件を書状にしたため、控えていた護衛の一人に手渡した。
「ところで陛下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「構わん」
「国境に配備されている貴国の軍隊ですが、二頭立てにも関わらず引いているのは人二人が乗れるほどの小さな馬車。あれは何なんですか?」
臆面もなく相手の軍隊の情報を得ようとは、わざと無能に見せようという魂胆か。その手には乗らないぞ。
「心配せずともよい。万が一馬が暴れて貴国に入ってしまったとしても、そちらで処分して構わん。馬がタダで手に入ったと思えばよかろう。もっともそのようなことにはならぬよう、十分に躾けてはあるが」
「左様でございますか」
「馬のせいで貴国の領民や兵士が怪我をするようなことがあれば賠償もしよう。如何せん相手は獣であるからな」
こちらも明後日の方向を向いた答えで返してやった。さて、こちらの反撃だ。
「時にキノシタ殿」
「はい」
「先だってそこのアケチ殿に頼んでいた我が妹の件であるが、消息は掴めたか?」
「アケチ、陛下にご報告せよ」
キノシタ公爵が傍らのアケチに横目で視線を送る。アケチは余程この公爵を恐れていると見えて、かなり緊張している様子だった。
「も、目下捜索中にございますれば、今暫しのご猶予を賜りたく」
「貴国は広大であるから、有能なアケチ殿でもたったの十日では足りなかったやも知れぬな」
さすがのキノシタ公爵も、俺のこの皮肉には苦虫を噛みつぶしたような表情になっていた。ここで更に追い討ちをかけてやることにしよう。
「よもやとは思うが、すでに処刑したり拷問にかけたりはしておらぬだろうな。我が妻にしたように」
「何ですと! アケチ、それはいかなことであるか!」
あれ、サッちゃんを拷問したことは報告してなかったのか。これは面白くなってきたぞ。
「い、いえ、妃殿下が身分を明かされずに我が領内に侵入されましたので……」
「言い訳はよい! 貴様は何故そのような大事を私に報告しなかった。この愚か者め!」
「キノシタ殿、幸いにして我が妻は付き人の支えは必要だが、ようやく起きて多少なら歩けるほどには回復した」
実際はもっと回復して、先日は久しぶりに夜の相手もしてもらったくらいだけどね。
「陛下、アケチは私が責任を持って仕置きいたしますれば、この件はどうか穏便に」
「よい。我が妻も貴国の許しなく国境を越えたのだからな。それより妹の方は大丈夫なんだろうな?」
「アケチ、応えよ!」
「は、はい! 死んではおりませんし拷問にもかけておりません」
よし、言質を取ったぞ。おそらくキノシタ公爵とアケチ伯爵の間でどのように応えるか決めていたと思われるが、叱責されて動転した彼は思わず本当のことを口走ってしまったのだろう。
「アケチ!」
「ほう、其方は先ほど捜索中と申したはずだが、何故そのように申す?」
「はっ! い、いえ、捜索中につき殺しても拷問してもいないとお応えしたつもりで……」
「捜索中では生きているか死んでいるかも分からぬのではないのか?」
「そ、それは……」
「アケチ、二日待とう。それまでに我が妹を差し出すのだ。さもなければキノシタ殿は帰らぬ人となるぞ」
俺の言葉でユキたんとアカネさんがキノシタ公爵に刀を向けて動きを封じる。しかしそれでも彼は平然とその場に座ったままだった。
「アケチ、陛下のお言葉が聞こえたな。よもや私を見殺しにはするなよ」
それからユキたんとアカネさんを交互に見やる。
「頼もしい妃殿下方ですな」
「女と侮らん方が身のためだぞ。その二人は余の護衛も務めるほどだ。少々の窮屈はやむを得んと思ってもらおう。キノシタ殿に縄打て!」
こうして俺はキノシタ公爵を捕らえ、ウメ姫奪還に本腰を入れたのであった。




