第十五話 ですから条件は
オダ国からの使者は、アケチ・ヒデミツという比較的若い伯爵位の者とその付き人だった。二人ともオダの正装に身を包んでいるが、その表情からはサッちゃんが王妃と知られているか否かは推し量れない。
「こちらは我が主、タケダ・イチノジョウ国王陛下である」
双方向かい合ったところで、トリイ閣下が先陣を切った。この辺り、相手に主導権を握らせない手法はさすがだと感心したよ。
「なんと! 国王陛下御自らお出ましとは恐れ入りましてございます」
しかし敵も然る者、アケチ伯爵は驚いた顔を見せたが、その仕草はあまりにも白々しかった。
「して、開門を求めた用件を窺おう」
「トリイ閣下でしたな。用件は言わずともお分かりなのではございませんか?」
「余は面倒な探り合いを好まぬ。アケチ殿、率直に聞こう。人質は無事であろうな」
「ええ、命は取っておりません」
「命は?」
「最初から身分を明かして下さっていたらあのようなことは……申し訳ないことに捕らえた者が賊と勘違い致しまして、少々怪我をさせてしまったようなのです」
「な、何だと!」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、力いっぱい卓を叩いた。しかしそれでもアケチは顔色一つ変えることがないばかりか、口元に不適な笑みを浮かべて続ける。
「陛下、この件ではこちらに非はございませんぞ。然るべき手続きを踏んで頂ければこのようなことにはならず、また妃殿下が素直に身分をおっしゃって頂いていたならば、警備の者も手荒な真似はせずとも済んだのです」
「それで、二人はすぐに返してもらえるのであろうな?」
「ええ、もちろんです。ただし条件がございます」
「ほう、余を相手に貴国は伯爵如きが条件と抜かすか。ここは我が領内。この場で不敬討ちにしても構わんのだぞ」
「恐れながら陛下、私は此度の交渉に関する全権を主、オダ・サブロウ皇帝陛下より賜っております。その私を討つと仰せなら一向に構いませんが、そうなれば妃殿下は帰らず貴国とは全面戦争になるでしょう」
やはり分が悪いようだ。この国境には芸羅快翔部隊を配置しているので、攻め込まれてもすぐに敵を蹴散らすことは可能だろう。しかし全面戦争となると、悔しいが国力に雲泥の差があるこちらに勝ち目はない。一時は凌げてもオダに飲み込まれるのは時間の問題である。
「よかろう。条件とやらを聞いてやる。しかしその前にまず余の妻に会わせろ」
「かしこまりました。ただお怪我の具合がよくありません。早めにご決断頂き、お連れになった方がよろしいと申し上げておきましょう」
「何だと!」
「無論、妃殿下に狼藉を働いた警備の者はこちらで処分致しました」
抜かりのない奴だ。非はこちらにあるのだし、サッちゃんを痛めつけた警備兵は処分したのだから、礼は尽くしたと言いたいのだろう。だが、そんなことより今はサッちゃんの身が心配だ。
そんな俺の表情を見ながら、アケチは付き人に門のすぐ側まで二人の人質を連れてくるように命じた。それからしばらくの後、サッちゃんと侍女頭のおチヨが戸板に乗せられて運ばれてきた。
「サト! サト!」
酷い状態だった。二人とも血だらけで、相当きつい拷問にかけられたのが見るだけで分かったほどだ。それでも顔に傷がないのは不幸中の幸いというところだろう。
「貴様! 我が妻に何ということを!」
俺は思わずアケチの胸ぐらを掴んだが、殴ろうとする手をトリイ閣下が押さえ込んだ。
「陛下! ここでアケチ殿を殴っては外交問題に発展致しますぞ!」
「いや、陛下のお怒りはごもっともでしょう。私とて愛する妻をあのようにされては怒り狂うと存じます。ですが陛下……」
「分かっておるわ!」
俺は突き飛ばすほどの勢いでアケチの胸ぐらから手を離した。
「条件を言え!」
「さすがは国王陛下、お話が早くて助かります」
乱れた襟元を正して気を持たせるのは、少しでもよい条件を引き出すためにこちらを煽る意図が見え見えだ。だが、それから間もなく出された条件に、俺もユキたんたちも驚かずにはいられなかった。
「アケチとやら、貴様今何と言った?」
「ですから条件は、我が国との自由貿易協定の締結にございます」
勝ち誇ったようにそう繰り返したアケチが、俺には滑稽で哀れな男にしか映らなかった。




